「100年の難問はなぜ解けたのか」はNHKスペシャル「100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者 失踪の謎」で放送されたものを単行本化したもの。 放送では省略されていた部分もかなりあって、そこがかなりおもしろい。
ペレリマンは”宇宙の形”をめぐる100年の難問「ポアンカレ予想」を解きながら、数学界のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞の受賞を拒否、賞金も受け取らなかった。
とっつきにくい雰囲気だが、話しかけると意外に礼儀正しい。数学に対してとてもストイックで、求道者とでもいうような雰囲気がある。もともとは明るい性格だったがポアンカレ予想に取り組みだしてからどんどん雰囲気が変わっていく。
ペレリマンの人間性と行動は、トポロジーを知らない私たちの心まで強く揺さぶる。私たちは大なり小なり難問を抱えながら生きている。それは100年の難問ではないかもしれないが、本人にとっては解決が困難な問題である。ペレリマンが難問に立ち向かう姿勢はわれわれも共有できる普遍性を持っている。
東北大学の塩谷隆教授によると「数学的に言うと、アレクサンドロフ空間とは『特異点』を持った特殊な空間のことです。私たち幾何学者にとって、研究の王道と言えば『多様体』です。しかしペレリマンや私は、多様体が潰れてしまって特異点を持った『多様体ではなくなった空間』を研究していることになります。ペレリマンはその道の大家なのです」
ペレリマンはトポロジー(位相幾何学)を象徴する問題に対して、古臭い微分幾何学のアイディア(リッチフロー方程式)、「ゲテモノ数学」と揶揄されることもあった「特異点」の研究を駆使して「時間を過去に遡らせることで宇宙を破綻させずに」、トポロジーの研究者が解けなかった難問を解決した。
「数学において、ほとんどの人は二つ以上の分野で重要な貢献をすることはできません。時間がかかるからだけでなく、二つ以上の分野を習得するには、新しい考え方を一から再構築する必要があるからです。・・・ペレリマンのようにかけ離れたことを同時におこなう能力を持ち、かつそれが非常に高いレベルであることは、とても稀なことなのです」
「ペレリマンが孤独に耐えたことが成功の理由かもしれません。・・・人間性を真っ二つに引き裂かれるような厳しい闘いだったに違いありません。ペレリマンはそれに最後まで耐えたのです」
「彼は必要でないものを徹底的にそぎ落とし、社会から自分を遮断させて問題だけに集中しました。その純粋性が七年間もの孤独な研究を可能にし、同時にフィールズ賞を辞退させたのです。・・・数学はなによりも純粋性に依存する学問です」
今回のタイトルの「私には、なにも起きない場合の覚悟がある」は、先輩数学者に「大きな難問に挑むのは魅力的だが大きければ大きいほど失敗したときのダメージは計りしれない」といわれたときにペレリマンが真面目な顔で答えたせりふ。この本の中で一番印象に残った。
ジョイス、プリンス、ペレリマンと、私はどうやら「孤高の天才で奇人」という人間に強く惹かれるようだ。