2017年4月30日日曜日

宇沢弘文「現実から遊離した新古典派 -偏向した命題を導く」

宇沢弘文『経済と人間の旅』
第Ⅱ部「現実から遊離した新古典派 -偏向した命題を導く」

「周知のように『一般理論』は経済学の古典のなかでももっとも難解な書物の一つであり、その全体像をとらえることは容易ではない。『一般理論』は現代資本主義経済の制度的諸条件を整合的なマクロ経済の理論モデルとして定式化し、そこにおける経済循環のメカニズムを解明し、マクロ経済的な諸変量、なかんずく雇用量、国民所得水準がどのようにして決定されるかということを明らかにしようとしたものである。ケインズはそこで企業の実体、その行動様式に議論の焦点を当て、とくに投資がどのような要因によって決まってくるかという点に現代資本主義の制度的特質がもっとも顕著にあらわれていると考えた。

ケインズ的な企業概念は、もともと1904年に刊行されたソースティン・ヴェブレンの『営利企業の理論』に展開された概念を敷衍したものである。ヴェブレンの企業理論はケインズによって一般的な形で展開され、マクロ経済理論の中核に位置づけられることになった。ケインズ理論のもう一つの特徴として挙げなければならないのは、労働雇用に関する理解である。労働者が現行賃金の下で働きたいという意志をもっていたとしても、雇用者が雇用しなければ働くことができない。経済全体でみれば、総需要額が総供給額を下回るときには、働く意思をもちながら働くことのできない労働者、いわゆる非自発的失業者の存在が必然となる。

新古典派の理論では、この自明のことが否定され、各個人は自らの主観的価値基準の下で最も望ましいと考える労働供給時間を選択し、その時間だけ働くことができると仮定する。最近流行している供給サイドの経済学というのは、じつはこの仮定から出発して議論を展開している。

『一般理論』の理論的な梗概を表したのはジョン・ヒックスのIS・LM分析である。これは1937年、『一般理論』に対する書評論文で展開されたものであるが、単純かつ明快な理論モデルを使って、『一般理論』のエッセンスと思われる面を浮き彫りにしたものであった。ヒックスのIS・LM分析はその後、サミュエルソンを中心としたアメリカの経済学者たちの手によって、マクロ経済学の構築にさいしての基本的な概念として精緻化されていった。いわゆるアメリカ・ケインジアンと呼ばれる学派を形成し、戦後の世界における経済学研究で中心的な役割を果たしていった。

正確に言うと、アメリカ・ケインジアンはヒックスのIS・LM分析という理論的な枠組みを基軸として、それを計量的に把握する計量経済学的な分析を適用する。いくつかの構造方程式の体系によって特徴づけられるマクロ経済モデルについて、その構造パラメータを統計的に推計するのは、シカゴ大学のコールズ・コミッションの研究者たちにによって完成され、ローレンス・クラインによって実際にアメリカ経済の構造を推計するという作業が行われた。この計量経済モデルの作成は、その後世界の多くの国々で行われるようになったが、戦後における経済学の発展のなかでもっとも重要な意味をもつものの一つである」

この後、宇沢氏はアメリカ・ケインジアンの考え方に二つの点で重要な制約条件が置かれていたと指摘。第一の点はIS・LM分析が均衡分の枠組みのなかで定式化されていること。第二の点は、統計的計算の可能性という観点から極端に単純化された仮定を設けていたこと。

「IS・LM分析が基本的には均衡分析の枠組みの中で定式化されていて、ケインズが一般理論で分析しようとした恐慌生成の過程、労働市場だけでなくすべての財・サービス市場における需給の不一致などという動学的不均衡過程を取り扱うことができないという点に理論的枠組みの根本的な制約条件が存在する。第二の点は「計量経済モデルの構造パラメータの推計に際して、主として統計的計算の可能性という観点から、極端に単純化された仮定を設けて、統計的推計を行っているが、この仮定は往々にしてきわめてミスリーディングな結果を生み出すことになる。これらの二つの問題点は、分析対象とする経済体系が均衡状態にあるか、あるいはそれに近いような状態にあるときにはおおむね無視してよいが、均衡から乖離して、しかも市場における調整過程が必ずしも安定的でないようなときは理論的・計量的誤差を生み、望ましくない政策インプリケーションを誘発する」

アメリカ経済が60年代後半から70年代に不均衡度が高まると、アメリカ・ケインジアン、さらにケインズ経済学についての理論的整合性と現実妥協性とに対して重大な疑義が提起され、その政策的有効性に対する信頼感はとみに喪失していった。

「このような状況の下で、アメリカ・ケインジアンの考え方に真正面から批判的活動を展開していったのが、いわゆるマネタリズムの立場に立つ人々であった。マネタリズムというのは、厳密に定式化された理論枠組みをもつものではなく、貨幣量の変化が経済循環の過程に及ぼす影響を一般的な形で分析しようとする。しかし、その基本的な考え方は1930年代の大不況期にほぼ完全に葬り去られた新古典派の経済理論に準拠するものであると言ってよい。とくに経済循環について、貨幣面と実物面との二分法を前提とし、労働雇用に関する労働者の雇用決定性を仮定する。したがって非自発的失業は厳密な意味では存在せず、すべて貨幣供給政策の変動にともなって発生する過渡的なものでしかないと主張する。

マネタリズムの背後にある新古典派理論は1970年代に入って、さらにいっそう極端な形を取るようになっていった。そこで中心的な役割を果たしたのが、「合理的期待形成仮説」である。この仮説は人々がある経済行動をとるとき、将来の均衡市場価格について、その客観的確率分布を正確に予想して、現在時点における期待価格が将来の市場価格の確率的平均値に一致するように期待を形成するというものである。このような期待形成が可能となるためには個別的な経済主体がそれぞれ均衡状態における市場価格形成の構造的諸要因を正確に知っていなければならない。需要関数と供給関数についてどのような変数が要因となっているかということだけでなく具体的にそれらの形を正確に知っているということを意味する。もし仮に個別的な経済主体が、このような知識をもっていたとすれば ーこれはもちろん不可能なことであるがー それは市場制度の基本的要件である分権性を否定するものであり、そもそも市場制度の存在は必要なくなってしまう。

このような極端な前提の上に立っている「合理的期待形成仮説」は当然のことながら、理論的にも、政策的にも極端な結論を導きだすことになる。その多くは、これまでマネタリストが主張してきた政策的命題を正当化し、イデオロギー的偏向をさらに強めるという役割を演じてきた。もともと資本主義的な経済制度の下における経済循環のプロセスを分析しようという近代経済学本来の立場からは大きく逸脱した考え方である。

しかし「合理的期待形成仮説」は、1970年代を通じてアメリカの主要な大学における経済学研究のあり方に決定的な影響を及ぼすようになり、この仮説にふれないで博士論文を作成するというのはほとんど不可能に近いというような状況になってきているという。「合理的期待形成仮説」も「供給サイドの経済学」もともに、現実の経済におけるさまざまな制度的、時間的制約条件を無視して、新古典派経済理論を極端に抽象して、論理的演算と統計的推計を行って、ある特定の政治的イデオロギーにとって望ましいような政策的命題を導き出す。そして、ケインズ経済学に代わって、新しい経済理論を構築しつつあるような印象を一般に与えている。しかし、どちらも理論的整合性と現実的妥当性という点から、ケインズ経済学に代替し得るものではなく、新しい経済学のパラダイムが形成されるまでの鬼火現象に過ぎない」

宇沢氏の「現実から遊離した新古典派」という文章、1981年6月の日経経済教室なのね。

"The Theory of Business Enterprise" Veblen(1904)
ヴェブレン『営利企業の理論』

2017年4月8日土曜日

アング『資産運用の本質』第4章 長期投資

動的なポートフォリオ選択の背後にある理論は、Samuelson (1969)とMerton (1969, 1971)によって最初に定式化された。動的なポートフォリオ選択問題の解は、デリバティブ商品評価と緊密に関係しており、両者とも同じ経済的概念と解法テクニックを用いる。

"Lifetime Portfolio Selection By Dynamic Stochastic Programming"
Paul A. Samuelson(1969)

"Lifetime Portfolio Selection under Uncertainty: The Continuous-Time Case" 
Merton(1969)

"Optimum Consumption and Portfolio Rules in a Continuous-Time Model" 
Merton(1971)


「動的ポートフォリオ選択問題は、一種の最適制御問題である。これは動的計画法によって解くことができ、同じ手法は原子力発電所や月へのロケット移送、複雑なデリバティブ証券の価格評価にも使われている(最後の例は他の二つよりも興味を引かないだろうが)。このことからもわかる通り、ポートフォリオ選択は、文字通りロケット科学なのである」

「動的計画法は、長期投資期間の問題を一期間の問題の繰り返しへ変換する。動的計画法は極めて強力な手法で、サミュエルソンはこれを経済学の多くの分野へ導入することで1970年にノーベル賞を受賞した。連続時間におけるこの問題の価値関数はハミルトン・ヤコビ・ベルマン方程式と呼ばれる偏微分方程式に対する解によって与えられる。さらに一般的な形態はファインマン・カッツ定理と呼ばれ、熱力学において広く用いられている。これらは、航空機と弾道ミサイルの制御にも用いられる非常に重要な物理と数学の概念である。ポートフォリオ選択はロケット科学なのである」

ファインマン・カッツだからね。Feynman–Kacを「ファインマン・カック」と読むとカッく悪いから。

長期投資期間におけるポートフォリオ選択問題に対する動的計画法の解法を知ることで、長期投資に関して広く信じられている二つの誤解を解くことができる。それは「バイ・アンド・ホールドは最適ではない」ということと「長期投資は短期投資である」ということ。

「バイ・アンド・ホールドは、毎期取引を行う最適な動的戦略に劣後するため、長期投資家はバイ・アンド・ホールドではなく、購入と売却を繰り返すことになる。バイ・アンド・ホールドにまつわる混乱は、ジェレミー・シーゲルによる1994年初版の有名な書籍『Stocks for the Long Run(株式投資 長期投資で成功するための完全ガイド)』を多くの人が誤って解釈してしまったことにも部分的に起因する。この書籍はしばしば「バイ・アンド・ホールドのバイブル」と評される。シーゲルは株式への長期にわたる配分にこだわることを唱えており、もしその配分が一定なら、それは一定配分比率を維持するために、投資家は株式が下落すれば株式に追加配分する。すなわち、長期投資家はバイ・アンド・ホールドするのではなく、常に売買するのである」

「長期の投資期間を想定するから、長期投資家は近視眼的な短期投資家と根本的に異なる」というのも、動的計画法の解によればこれは明らかに間違い。

「動的計画法は、長期投資におけるポートフォリオ選択問題を連続した短期投資問題として解く。すなわち、長期投資家は何よりもまず短期投資家なのである。彼らは、短期投資家が行うすべてのことを行い、長期の投資期間という利点があるからそれ以上のことを行うことができる」

「動的計画法の解は、長期投資家として成功するためには、短期投資家として成功することから始めるべきであることを示唆している。著者が述べたいことは、これができてから長期の投資期間がもたらすすべての利点を享受すべきだ、ということなのである」

「リバランスをすることは、最も基本的かつ欠かすことのできない長期投資戦略であり、それは自然に逆張りとなる。最適リバランスの重要な帰結によれば、長期投資家は能動的に、過去に上昇した資産クラスまたは株式を減らし、価格の下落した資産クラスまたは株式のウェイトを高めるべきである。こうして、リバランスはバリュー投資戦略の一種となり、長期投資家は紛れもなくバリュー投資家なのである」

2017年4月1日土曜日

『GPIF 世界最大の機関投資家』 小幡績

小幡績氏の『GPIF』を今さらながら読んだけれど、意外ときちんと書かれていていろいろと参考になる。

GPIFの基本ポートフォリオの考え方

平成16年財政再計算における経済前提
・賃金上昇率 2.1%
・物価上昇率 1.0%
・運用利回り 3.2%

これに対し
・名目長期金利 3.0%
・分散投資効果 0.2%


年金のオーナーである国民が、どこまでリスクを許容するのか、これまで何も議論してこなかった。
「これがGPIFの最大の弱点であり、欠陥なのです。そして、現在のGPIF改革にもっとも欠けていることなのです」