2012年5月29日火曜日

取引所対PTS:市場間競争の初期効果 宇野淳 (早稲田大学)

市場分断(Fragmentation)は悪か? 日本のFragmentationが進行し始めた要因は? 取引所からの注文流出は、取引所取引に影響しているか。

上場株式の取引所取引集中義務撤廃は1998年証券ビッグバンの目玉だった。2010年の東証アローヘッド稼動を契機にPTSのシェアが拡大してきた。

ネガティブな要因
①証券会社に課されている最良執行義務は、過去の出来高の大きい市場を主市場と定めるといった慣行としている。機関投資家は取引所での取引を優先してきた。
②TOB5%ルールの問題が解決しておらず、機関投資家の多くはPTS市場で買い注文を執行していない。

ポジティブな要因
①2010年7月からPTS市場で売買した銘柄の受け渡し決済を取引所取引での売買と同様に日本証券クリアリング機構で行えるように変更された(これが大きかった)。機関投資家の売買行動にインパクトを与えた。
②有力なPTS業者であるCHi-Xが日本での営業を開始した。
③東証アローヘッドの稼動で取引スピードがアップしていた。

PTS2社と東証の大きな違いは呼び値制度。SBI-Japannextが東証の1/10、CHi-Xが5千円まで10銭、10万円まで1円、10万円以上10円に対して、東証は3千円まで1円、5千円まで5円等、高い。また取引フィーの体系は、SBI-JapannextがTaker Fee 0.2BP、Maker Fee 0.2BP、CHi-XがTaker Fee 0.2BP、Maker Fee 0.8BP、東証は場口銭0.29BP+アクセス量+基本量+システム利用料。

Latency

  • 注文処理速度は、証券会社からのメッセージをゲートウェイで受付けてから、処理してゲートウェイで完了メッセージを出すまでを計測するが、東証アローヘッドのスピードは2ミリ秒としている。
  • Japannextは約1ミリ秒
  • Chi-Xは、ゲ-トウェイに注文伝文が到着しマッチングエンジン内に入り約定してゲートウェイ出口に戻るまでの一連のプロセスの処理を平均500マイクロ秒以下で行っている。
  • 計測方法が違うので厳密な順序はつけられないが、PTSのほうが東証よりも早いといえそうだ。


先行研究

  • 初期はマーケットは一つに集中したほうがよいとするものが多い。Garbade and Silber(1979)、Coehn et al.(1982)。
  • O'Hara and Ye(2009)は、TRFデータを用いて市場分断は一般に取引コストを低減し、執行スピードを短縮すると報告。
  • 過去の Fragmentation 研究の結論が一致しないのは、市場のインフラや参加者の取引能力、市場規制や投資ガイドラインなどの異なる環境を見ているからで、 Fragmentationの影響を一様に論じることが危険であることを物語っている。
仮説
  1. PTS市場で売買される銘柄は、HFT業者の好みを反映しているか
    1. 先行研究ではHFTマーケットメイカーは約定回数が多く、スプレッドが広めの銘柄を好むと言われている(Brogaard 2010、Menkvelt 2011)
  2. 呼値格差率が大きい銘柄ほどPTS市場で頻繁に取引されている
  3. PTS市場への注文流出が大きいほど、取引所市場の流動性や価格形成に悪い影響を与えている
サンプル
2011年1月ー6月東証1部上場銘柄、日経平均採用銘柄、東証、SBI Japannext(出来高)、CHi-X(出来高)

銘柄別PTSシェアの決定要因
  • PTSshare t=(PTS2市場の日次出来高合計t)/東証日次出来高t
  • 対象銘柄は日経平均採用銘柄
  1. 取引所ビッド・アスク・スプレッドは SPRDP=(Ask-Big)/仲値
  2. 取引所のデプス DPTH=(Askサイドのデプス金額+Bidサイドのデプス金額)/2の対数値
  3. Ticdif呼値格差=(取引所呼値ーPTS呼値)/VWAP
  4. VOL=(取引所、各PTS市場)の前日出来高の対数値
PTSシェアの高い銘柄の特徴
銘柄固定効果モデルを採用したパネル分析の結果では、
  1. 取引所スプレッドが広いときシェアが上昇する。
  2. 取引所デプスが薄いときにシェアが上昇する(3月データとダミーを追加すると係数が反転)
  3. 呼値格差が大きいほどシェアが高い
  4. 取引所出来高が増えるとシェアは低下する
同じ銘柄について、PTSシェアが高くなるほど出来高(件数)は低下する。スプレッドは広がり、デプスは薄くなる=シェアの変動と諸指標間に相互関係がある。

まとめ
  • 日本株のFragmentationの実態は日経225採用銘柄などを中心に増大しているが、シェア(PTS出来高/取引所出来高)の上昇は取引所出来高が比較的低調なときに生じている。取引所取引が活況名時はPTS出来高は追いつけなくなるという傾向がある。
  • TOB規制に抵触することを恐れて機関投資家がほとんど参加していないほか、個人投資家もPTS市場に発注するのはまれである。
PTS市場取引高や出来高シェアが取引所取引に与える影響
  • Diference-in-difference分析の結果は、PTSシェアが高いのはスプレッドがひろい銘柄である。
  • デプスが厚い銘柄でもPTSへ発注し優先権を高めようとする傾向が見られる
  • PTSマーケットの呼値戦略は効果を挙げている
  • PTSシェアが高い銘柄は、ボラティリティの影響ではマイナスであり、取引所取引は情報イベント時にシェアが拡大し、そうでないときにはPTSシェアが高まる傾向がある。

2012年度日本ファイナンス学会 2日目


5月27日(日) 9:30-11:30 セッション 3-D「バンキング」

   第1報告 Heather Montgomery (国際基督教大学)
      Banking Sector Consolidation and Efficiency: Lessons for the West from Japan

   第2報告 新谷幸平 (日本銀行)
      Authority and Soft Information Production within Banking Organization

5月27日(日) 9:30-11:30 セッション 3-A「情報の非対称性と証券取引」

   第3報告 宇野淳 (早稲田大学)
      取引所対 PTS:市場間競争の初期効果

詳細はこちら

5月27日(日) 12:30-14:30 セッション 4-A「フィナンシャル・エコノメトリクス」

   第1報告 岩壷健太郎 (神戸大学)
      Order flows, fundamentals and exchange rates

   第2報告 野田顕彦 (和歌山大学)
      The Evolution of Market Efficiency and its Periodicity

   第3報告 中村信弘 (一橋大学)
      Copula-Based Asymmetric Leverage in Stochastic Volatility Models - Particle Filtering Approach -

5月27日(日) 14:40-16:40 セッション 5-D「証券投資」

   第1報告 俊野雅司 (大和ファンド・コンサルティング)
      わが国の投資信託市場におけるハーディング行動

5月27日(日) 14:40-16:40 セッション 5-A「価格決定メカニズム」

   第2報告 宮川大介 (日本政策投資銀行)
      What Determines CDS Premium? Simultaneous Equation System Approach

5月27日(日) 14:40-16:40 セッション 5-C「コーポレートファイナンスと株価」

   第3報告 新井亮一 (早稲田大学)
      株価純資産倍率, トービンの q と長期利益成長率の関係

2012年5月27日日曜日

2012年度日本ファイナンス学会 1日目

日本ファイナンス学会に行ってきた。今回は会場が一橋ICS。ところで、プログラムの期日が2011年5月26日・27日になっている。それから一ツ橋キャンパスも今は千代田キャンパスが正式名称らしい。大会実行委員長が私の師匠の本多先生。


セッション1:会場1 ファイナンスにおける最適化

第1報告:「Investment timing with fixed and proportional costs of external financing」
報告者:西原 理(大阪大学)
討論者:今井潤一(慶應義塾大学)

企業はリスクニュートラルと仮定。動的計画法。リアル・オプション。グロース・オプションで行使タイムングを最適化。上界、下界については解析的に解ける。内部資金だけで投資するか、外部ファイナンシングを利用するか。キャッシュ・リザーブが多い企業ほど投資が遅れる。単位時間当たりのCFが確率過程。


第3報告:「Optimal switching strategy of a mean-reverting asset over multiple regimes」
報告者:鈴木 清(野村證券)
討論者:大西匡光(大阪大学)

株式のロング・ショートのスイッチングを動的計画法を応用して分析。リバランスが最適な領域と継続領域。繰り返し最適停止問題。value matchingとスムース・ペースティング。General step witching 最適戦略。


セッション1:会場3 株式市場の情報効率性

第2報告:「Can Investors in the Japanese Stock Market Profit from the Analyst?」

報告者:岡田克彦(関西学院大学)
討論者:太田浩司(関西大学)

ブルームバーグ・ニュースから株式アナリストの格付け情報をテキストマイニング。Trading Simulation。形態素解析プログラムJUMAN/係り受け解析プログラムKNPを利用。Dynamic calendar time portfolio。ペアがマッチングしないときはショートは日経225先物を利用。翌日の寄り付きでポジションを持つとする。分析してみると、格付け変更前にかなりリターンがあり、発表後の翌日以降はあまりリターンが上がらない。年次換算で2~3%(取引コストを考慮すると1~2%)のリターンが獲得できる。1億円くらいの個人投資家ならもうかるが、ファンドが大きくなるとマーケットインパクトによる損が大きくなる。
討論者から、「アナリストレポートの2/3は、経営者予想公表から3日以内に出されている」との指摘があった。経営者予想修正時点でレーティング変更をある程度予想できればもっと大きなリターンが得られる可能性があると。


セッション2:会場3 資産価格の評価

第1報告:「Term Structure Dynamics in a Monetary Economy with Learning」

報告者:小野貞幸(広島大学)
討論者:森田 洋(横浜国立大学)

鉱工業指数、インフレ率などをファクターとして金利がレジーム・スイッチする期間構造モデル。Bakshi and Chen(96)を以下の点で一般化。①二つの経済ファンダメンタルズとして選択した実質生産量と貨幣供給量の平均成長率が観測不可能、②実体経済と金融市場の成長レジームの不確定から投資家信条が変化、③債券の適正価格を決める上で投資家信条のダイナミクスが重要となりデータが示す構造を形成する。信条の確率過程は超過リターンのGARCH効果を説明できる。投資家が経済状態に関してより不確定であるか、よりリスク回避的である場合、債券の超過リターンのボラティリティが大きくなる。経済ファンダメンタルズのノイズが小さいとき、債券の超過リターンのボラティリティが減少する。
討論者から、無相関の場合、実質的に1ファクターとなるとの指摘。



第2報告:「所得階層別データと株式収益率のクロスセクションによる消費資産価格モデルの検証」

報告者:祝迫得夫(一橋大学)
討論者:福田祐一(大阪大学)

富裕層において消費CAPMと整合的な結論。アグリゲートな消費でCRRA型でうまく行くだけではなく、クロスセクションでのパターン説明力をモデルのパフォーマンス評価の主眼に置いて分析。パフォーマンスの改善も示唆されるが、単純にクロスセクションのパターンを説明するという展ではFama-Frenchの3ファクターモデルのほうがC-CAPMより優れていることも確か。
さすがに祝迫さんだけあって、手堅い分析。

セッション2:会場4 高速取引システム


第3報告:「オーダーフローに潜在する情報のインパクト:東証arrowheadにおける検証」

報告者:宮津和弘(イケア・ジャパン)
討論者:大家幸輔(大阪大学)

arrowhead稼動前後のオーダーフローの不確実性を情報エントロピーによって評価する。RUNS分布理論を応用して系列相関およびオーダーインバランスを定量的に扱う。arrowhead稼動後の系列を擬似変換により約定まとめ曲線をモデル化して影響を調整。
「約定まとめ」は知らなかった。「約定まとめ」とは1991年に取引システム完全電子化の際、情報提供頻度が速過ぎるとの懸念から意図的に3秒のタイムラグを約定間に挿入。最頻時で4秒の集計、つまり約定をまとめる。東証arrowhead高速取引の本質は約定の個別化。


基調演説:「Capital Market Theory after the Efficient Market Hypothesis」 Dimitri Vayanos

Momentum, reversal, and value. An institutional theory(Vayanos and Wooley 2011). Practical applications of the theory(Vayanos and Wooley 2012).

モメンタムとバリューは投信などのファンド間のフローで発生する。ファンドマネジャーと投資家は合理的。資産にネガティブなショックあったとき、ファンドのリターンが低下し、資金流出、ファンドが資産を売る、資産価格が低下する→モメンタム。資産価格がファンダメンタルな価値を下回るとリバーサルが発生する。

VayanosはMITで大橋先生と同期だったそうだ。

2012年5月20日日曜日

片山徹『非線形カルマンフィルタ』

林の『マクロ経済学』を買ったついでに店内をうろうろしていたらこれを見つけた。出版されていることを知らなかった。やはりたまにはリアルな本屋に来ないといけないね。

「システムの線形性あるいは雑音のガウスせいのどちらかが損なわれると、事後確率分布は非ガウス性となり、カルマンフィルタの性能は低下する。このようなフィルタ性能の低下を改善するにはどうしても非線形フィルタが必要となる。

非線形システムに対するフィルタリング問題は、カルマンフィルタで扱われたLQG(線形、2乗誤差規範、ガウス性雑音)問題よりも格段に難しく、最適解を求めることはほとんど不可能である。このため、従来から常に多くの近似手法が提案されてきた。

近似手法の一つは、非線形システムを推定値の近傍で線形化して、線形化されたシステムに対してカルマンフィルタのアルゴリズムを直接適用するという方法であり、拡張カルマンフィルタ(Extended Kalman Filter, EKF)と呼ばれている。

また観測データに基づく状態ベクトルの非ガウス事後確率密度関数を複数のガウス分布で近似するガウス和近似(Gaussian sum approximation)法が1970年代に発表されている。

さらに、コンピュータの発展に伴って、状態ベクトルの非ガウス事後確率密度関数を直接数値的に近似するモンテカルロ(Monte Carlo)フィルタとブートストラップ(bootstrap)フィルタが1990年代になってほぼ同じ時期に発表されたが、現在では粒子(particle)フィルタと呼ばれている。

このほか、気象学分野ではリカッチ方程式を用いないアンサンブルカルマンフィルタ(Ensemble Kalman FIlter, EnKF)、またロボティックス分野ではUnscentedカルマンフィルタ(UKF)が発表されており、それぞれ多くの関心を集めている」

数値例を計算するためのいくつかのプログラムはこの朝倉書店のウェブサイトからダウンロードできる。Matlabのコードらしい。

林貴志の『マクロ経済学』を求めて

Amazonで注文していた林貴志の『マクロ経済学 動学的一般均衡理論入門』がいつまでたっても来ない。都内の主な書店でも売切れである。しびれを切らして浦和の本屋まで探しに行ってきた。
浦和駅前。かなり高齢のおばあさんが誇らしげに浦和レッズの手ぬぐいをバッグに付けていて、さすがレッズの聖地だと思った。
 須原屋にきたぜぇ~
 なぜか店内にメッシのユニフォームや澤の写真が飾ってある
 メッシのサイン
 
一冊、売っていた!さっそく購入。

林マクロの関連図書として10冊が紹介されている。Arrow(1953)、Debreu(1959)、James and Ribeiro da Costa Werlang(1988)、Epstein and Zin(1989)、Gorman(1953)、加藤(2006)、Kamihigashi(2001)、Ljungqvist and Sargent(2004)、Romer(2005)、齊藤(2006)。

あとがきで、林(2012)を読んだ後、邦書ではまず齊藤(2006)、洋書ではRomer(2005、邦訳あり)を経て、「のちに進むべき大学院向け教科書は、現今では何と言ってもLjungqvist and Sargent(2004)であろう。DGEに基づいた教科書として最も包括的」と


日経にロバート・シラー教授



5月20日の日経【日曜に考える】欄にエール大学のロバート・シラー教授。

「借りたローンより購入した住宅の価値が低い家計は全米で1100万件、全体の4分の1にのぼる。状況が改善する証拠は見当たらない。米経済の回復力は強くなく、米経済は日本の『失われた10年』の背中を追う懸念がある。

取るべきモデルは日本型だろう。財政出動を繰り返し、国家債務は非常に高水準になった。しかし、低いながらも成長を維持し、恐慌には陥っていない。それが現実的に我々が望めるベストの道だと思う。多くの国が景気刺激策をとるべきだ。

均衡のとれた景気刺激予算という道があるはずだ。40年代にサラントとサミュエルソンが、増税と歳出削減を同時に実現すれば、政府債務は膨張しないと論じている。焦点は富裕層への増税だ。増税しても消費面への影響は小さい。ただ政治的には正しくても、実行するのは難しい。

今回の危機はレバレッジ危機。家計と同様、国家規模で過剰な債務を抱えてしまった。このレバレッジを低下させる金融的手法が『トリル』だ。GDPの1兆分の1を1株として、株式のような形で投資家に持ってもらう。政府は四半期ごとに配当を払い、景気が良くなれば増配する。

好況期こそ規制当局は厳格であるべきだが、好況期はほったらかしで、最も厳しい環境のときに規制が強まる。だからバブルとその崩壊が起きる。サブプライムローンの証券化というアイディア自体は健全だ。複雑に組合せ、元の借り手を把握できなくした使い方に問題がある。

金融の未来像は、もっと”民主化”され”人間本位”であるべきだ。あらゆる人の問題解決に役立つのが民主化の意味するところ。人間本位とは、心理を深く理解した上でふさわしい組織や商品を作ることだ。

人間工学では人のエラーを考慮にいれて設計する。金融も『資産分散とヘッジ』という原則論でなく、人が誤りを犯すことまで考えに入れるべきだ。金融サービスの担い手は、掛かり付け医のように家庭が信頼できる助言者であるべきだ。

一つの金融機関に過剰なシェアを握らせないようにするのが今の金融改革だが、それ以上に注目すべきは、起業家や中小企業にクラウドファンディングを認める新法の成立だ。ウォール街の巨大な金融機関を介さなくても資金を調達できるようになる。」


「トリル」というのが、よく分かりませんが、クーポンがGDP成長率に連動するコンソル債のイメージでしょうか。最新書の"Finance and the Good Society"というのが出ているようなので、この本にもっと詳しく書かれているかもしれない。


シラー教授はわりと好きな学者の一人。ハーバードのジョン・キャンベルとも幾つか論文を書いていて、そのうちの幾つかは「Market Volatility」という古い本に掲載されている。また米国株のバブルに対して早くから警鐘をならしていて、「根拠なき熱狂」という言葉は当時のグリーンスパンFRB議長に使われて有名になった。しかし、「根拠なき熱狂」の翻訳が植草一秀というのが時代を感じさせる。