早川英男の『金融政策の「誤解」』の第3章でリフレ派の問題点について整理されていたので、忘備にメモ。
「リフレ派」の定義
内閣官房参与の浜田宏一はしばしば欧米の主要なマクロ経済学者のほとんどは自分と同意見だとの趣旨の発言をされるが、その場合のリフレの定義は「デフレは経済にとって望ましくない状態だから、中央銀行はデフレに陥ることのないように、またデフレに陥ってしまった場合は、そこから早く脱出できるように金融政策を行うべきである」という広いものだろう。しかしこれでは早川氏を含めてほとんどの(元)日銀関係者はリフレ派に含まれてしまう。リフレ派が口を極めて非難してきた日銀も「ずっとリフレ派だった」という大変奇妙なことになってしまう。
早川氏は以下の命題のすべてを基本的に受け入れる人たちを狭義の「リフレ派」と定義
【命題1】過去20年あまりにわたる日本経済の長期低迷は、基本的に需要不足によるものであり、需要不足をもたらした主因はデフレにある。
【命題2】ゼロ金利の下でも中央銀行が使える有効な金融政策手段は十分にあり、ゼロ金利制約はあまり深刻な問題ではない。
【命題3】財政政策に関しては、次のようなポジションを採る。
①財政政策、とくに財政支出の増加はマクロ経済に対して一般に有効ではない。
②にもかかわらず、なぜか消費税増税は景気に極めて大きなマイナスのインパクトを与える。
③財政赤字の問題は、デフレ脱却の結果としての経済成長によって大部分解決できる。
これらの認識を共有する人たちのグループが実体として存在し、「デフレこそ諸悪の根源」とすることで、財政健全化や潜在成長力の強化といった、より重要で困難な課題から政治家や一般国民の眼を背けさせてしまう点に問題がある。
「リフレ派」の主張は整合的か
命題1については、過去15年間の物価下落率は年率わずか0.3%だった。その程度のデフレが本当に「失われた20年」と呼ばれる日本の長期低迷の主な原因とは思われない。
また、2000年以降の日本の人口一人当たり成長率は他の主要国に劣るものではなかったので、日本の低成長の少なくとも一部は人口減少(生産年齢人口の減少)に起因する。
命題2に関して、「ゼロ金利の下での金融政策」というテーマは世界の金融マクロ経済学の大きなテーマであり続けた。命題2のように言い切ってしまうのはデフレからの脱却の困難を過小評価している。
日本経済の長期低迷の原因として需要不足以外の構造的問題を重視していない、あるいはゼロ金利制約を重視していないことはリフレ派特有の楽観論の表れである。
命題3は奇妙な命題の組合せである。①はマンデル=フレミングの参照だろうが、②と①はあっきりと矛盾する。また、1990年代後半以降日本の長短金利はほぼ常に低水準に張り付いていたので、①はずっと成立しなかったはずである。
リフレ派の困った議論①: 後出しじゃんけん
リフレ派が次々といろいろな金融緩和手段を提案し、日銀がその提案を実行に移すと、彼らは最初には歓迎を示すが、時間が経って思ったような効果が出ないとみるや、必ず「やり方が足りない」と言い出す。最初は誰をも驚かせた黒田日銀のQQEに対してさえ、一部のリフレ派はやがて「これでは足りない」と言い出したのである。
リフレ派の困った議論②: 精神論
もう一つは、「信念が足りない」という精神論である。白川日銀に対するリフレ派の「みずからが政策効果への信念を持たないから、効果が出ないのだ」という批判は、「必勝の信念さえあれば、おのずと途は拓ける」という旧帝国陸軍の主観主義・決断主義を彷彿とさせるものだった。
期待一本槍の政策論:主観主義の錯誤
リフレ派の政策論は期待一本槍の主観主義となっている。リフレ派のもともとの主張はマネタリズムだった。しかし1980年代以降、各国で金融自由化が進むと、マネーと実体経済の関係が不安定化して多くの中央銀行はマネタリズムを捨てて金利ベースの政策に戻っていった。岩田規久男らのマネタリズムは時代遅れだった。
実際に日銀が量的緩和を行ってもマネーストックはほとんど増えなかった。理論だけでなく現実にも貨幣乗数のメカニズムは働かないことが明らかになった。「マネタリーベースの増加がマネーストックを増やして物価上昇につながる」と言えなくなったリフレ派は、「インフレ期待に影響を及ぼす」という以外に道がなくなった。
成長余力の過大評価:楽観主義の錯誤
リフレ派は雇用が増えたことをアベノミクスの最大の成果として誇示するのだが、GDPが増えずに雇用が増えたのは生産性が低下したためであり、人口減少の下ではそれは極めて低い潜在成長率を含意するという、シンプルな論理的帰結には気づいていないようだ。
「出口」なき大胆な金融緩和: 決断主義の錯誤
日本の場合、QQEからの出口において米国以上の困難が待ち受けている。
第一に、金融機関が大量の長期国債を保有しているため、長期金利が急騰すると金融機関のバランスシート毀損につながり、極端な場合には金融システムの不安定化を招くリスクがある。
第二に、日銀のバランスシートも、当然ながら大きく毀損する。これは国民負担を意味する。
第三は、政府の財政への負担である。日本の公的債務残高は名目GDPの2倍以上で、長期金利が急騰すれば、政府財政にとって大きな負担増となる。
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