2013年4月14日日曜日

日本国債のイールドカーブ

日銀が「異次元緩和」を導入してから日本国債の動きが不安定になっています。
グラフは、ブルームバーグが計算しているジェネリックの1年から10年の国債の金利です。8年以下の金利について、直近の4月12日では、異次元緩和発表前の4月3日はおろか、アベノミクスへの期待が高まる前の昨年9月28日の水準すら上回っています。猛烈な緩和をするのだから、本来はイールドカーブの水準は低下して傾きもフラットになるはずなので、とても奇妙です。

第2回 将棋電王戦 第4局 ​塚田泰明九段 vs Puel​la α

最後の記者会見しか見れなかったんですけど、このtogetterをみて凄い試合だったんだなと思いました。

第2回 将棋電王戦 第4局 ​塚田泰明九段 vs Puel​la α

将棋は素人なので、両者入玉による持将棋というルールは知りませんでした。
相場でも「負けないこと」がとても大事です。
劣勢になりながら最後まであきらめないで、粘って粘ってとにかく勝負に負けなかった塚田九段の姿に人間の素晴らしさを感じます。人間対人間だとなかなかこういう展開にはならないんでしょうが、電王戦ならではの戦いが見れたことは有意義だったんじゃないでしょうか。

ニコ生で流れたプロモーションビデオがかっこいいんですが、米長会長の映像で泣けてきました。
バージョンがちがうんですが、ここでも似たものがみれます。

次の「第2回 将棋電王戦 第5局 三浦弘行八段 vs GPS将棋」が楽しみですね。


2013年4月7日日曜日

黒田日銀が「異次元の金融緩和」、『リフレ政策 論争なお』

今日の日経【日曜に考える】で松林薫氏が『リフレ政策 論争なお』と題して、リフレ政策の有効性を巡る経済学者の間の議論を整理しています。

「日銀は黒田新総裁のもと「異次元の金融緩和」でデフレから脱却して物価上昇率2%を目指す「リフレーション(リフレ)政策」を実行に移す。リフレ政策の有効性を巡っては経済学者の間で約15年にわたり議論が続いてきたが、理論上の決着は付いていない。神学論争の様相を呈する中、政府・日銀は見切り発車した。

3月21日の就任会見で岩田規久男日銀副総裁はミルトン・フリードマンの「デフレは貨幣的な現象だ」という言葉を引用してリフレ政策の有効性を強調した。物価は世の中に出回るお金の量と比例して変化するという「貨幣数量説」の立場から、大胆な金融緩和で貨幣の量を増やせば物価は上昇しデフレから脱却できるという主張。

貨幣数量説は18世紀には登場していた単純な古典的理論。フリードマンが再評価し、1970年代から先進国の金融政策に取り入れられるようになった。

学者の間では、デフレ懸念が強まった1990年代後半から、日銀が量的緩和を採用した2001年ごろにかけて激しい議論が展開された過去がある。

当時、インフレ目標や量的緩和の導入を主張したのが岩田氏や浜田宏一氏。ポール・クルーグマンもリフレ派の理論的支柱となる論文を発表。

だが「世の中のお金の量」は「お札の枚数」に単純に比例しない。お金が人から人へ移っていく速さも「世の中のお金の量」に影響する。お札の枚数は変わらなくても取引が活発でお金の回りが良くなればお金が増えているように見える。デフレは逆に、人々がお金を使わなくなっている状態。お札の枚数を増やしても、その流通速度が落ちれば物価は上がらない可能性がある。

物価変動は貨幣現象ではなく、世の中全体の需要と供給のバランスで決まると考える学者らは、デフレは「バブル時代に供給能力が過剰になった一方、バブル崩壊で需要が減ったことが原因」(吉川洋)と反論した。

金融政策の専門家からも、銀行へのお金の供給量を増やす量的緩和の限界が指摘された。中心になったのは小宮隆太郎氏や当時日銀に所属していた翁邦雄氏らで「岩田・翁論争」と呼ばれた。日銀がいくら民間銀行にお金を供給しても、不況で借りる企業もないので、銀行から世の中にお金は流れないという主張。

こうした対立の構図自体は十数年たった今もほとんど変わっていない。

リフレ政策の効果やリスクについて、少なくとも現時点では学問的なレベルで決着が付いたとは言えない。

量的緩和の効果については、複数の実証研究が行われた。だが分析期間やデータの解釈により、「効く」「効かない」と正反対の結果が出ているのが現実。円安や株高は現に生じており、輸出企業の業績回復や、株の含み益で懐が温まった個人の消費拡大が指摘されるが、それだけで物価が上昇するとは限らない。

理論面からはクルーグマン氏のモデルなど様々な説が示されたものの、効果が出るには「将来のお金の流通量に対する人々の予想が変わる」ことなどが前提とされる。予想を変えられるかどうかは心理学的な問題で、最後は水掛け論になる。

実は、極端な主張をする一部の論者を除けば、リフレ派と反リフレ派の間で、世間で考えられているほど認識上の隔たりは大きくない。例えば、量的緩和が物価に影響を与えても限定的だと認めるリフレ派の学者は少なくない。インフレ目標を掲げるなどして「期待に働き掛ける(人々の予想を変える)」ことの重要性を強調するのも量的緩和だけではあまり効果はないという認識があるからだ。

その意味で、リフレ論争は「特効薬だ」と告げて偽薬を与える治療を認めるべきかどうかという問題に似ている。効果を信じれば、ただの小麦粉でも効くケースはある。一方で「気合を入れれば効く、と言っているにすぎない」(池尾和人)ともいえる。

学者の意見対立も、突き詰めれると理論そのものよりも、デフレや財政問題に対する危機感の違いや、政策哲学の違いが原因のことが多い。」

グラフが2つ示されていて、一つは1971年以降の消費者物価指数(CPI)、もう一つはマネタリーベースとマネーストックの比較です。バブル崩壊後だと、CPI前年比が2%を越えたのは97年と08年ですかね。97年は消費税5%引き上げと歴史的な円高から円安に転じた影響ですね。08年は米国不動産と新興国バブルの影響ですね。

「異次元の金融緩和」は見切り発車されてしまったので、これまでの机上の空論から、実際に効果があるかどうかを検証していくことが必要になりますね。短期的には長期国債が変われてイールドカーブのフラット化が進み、株高、円安となっています。80年代のバブル時は、前半に株が上がってもCPIはあまり上がりませんでしたので今回株が上がっても短期的にはCPIは上がらないんじゃないでしょか。株高による資産効果はあると思いますが、どの程度かは不明ですね。マネタリーベースをいくら拡大してもそれ自体は為替には影響しないと思いますが、投資家が円安になるとおもって円売りドル買いをすれば自己実現的に円安になるかもしれません。そうすればCPIも上昇すると思います。

いくつか参考になるリンクを張っておきます。


日銀の量的・質的緩和の効果とリスク(深尾光洋)

インフレ目標政策は万能特効薬か? (上田晃三)

新たな量的緩和の効果(池尾和人)


通貨供給はマネーストックやインフレに直結しない!リーマンショック後の世界の常識が通用しない日本(翁邦雄×藤田勉)





2013年3月31日日曜日

金融政策のペーパー2つ

①セントルイス連銀のエコノミスト、エド・ネルソンのペーパー

"Milton Friedman and US Monetary History: 1961-2006" (PDF)
Edward Nelson(2007)

「フリードマンは1982年~85年にかけて、インフレの再来を予言するという失敗を繰り返す。理由の一つは通貨需要関数の利子弾力性を見誤ったこと。低金利のもとでは、M1の需要は増加し流通速度が低下するが、その影響を過小評価」

②ニュー・ケインジアンの代表的な理論家マイケル・ウッドフォードのペーパー


"How Important is Money in the Conduct of Monetary Policy?" (PDF) Michael Woodford(2007)

ウッドフォード「経済学部の学生は誰でも最初に「インフレーションはいつでもどこでも貨幣的現象だ」というフリードマンの格言に親しむだろうし貨幣数量説をインフレ決定の標準的な説明として聞くだろう。しかし、今日では大多数の中央銀行の政策決定に通貨集計量はほとんど何の役割も果たしていない」

ラリー・マイヤー「マネーは今日のコンセンサスが得られているマクロ経済学モデルで何らの明示的な役割を果たしていないし、金融政策運営に実質的に何の役割も果たしていない」

『賃金上昇、デフレ脱却のカギ』 日経「経済論壇から」

今週は福田慎一東京大学教授がまとめられています。
「デフレが経済低迷の原因なのか結果なのかは議論が分かれるにしても、デフレ自体を好ましいと考える経済学者やエコノミストはほとんどいない。」

吉川洋東京大学教授(週肝東洋経済3月23日号)は、「日本だけがデフレに陥った主たる原因は名目賃金の下落にある。日本企業が国内外で厳しい価格競争とコストカットのプレッシャーにさらされるなかで、雇用を守ることが労使の共通認識となり、結果として賃金引下げと物価の下落が同時進行した。」

ただ、日本企業の生産性が依然として伸び悩んでいるのに賃金の持続的な上昇が実現可能なのか?

宮川努学習院大学教授(週刊エコノミスト3月19日号)は、「近年のわが国の賃金の下落は、技術力、国際競争力からみて不相応に高水準となっていた賃金を適正な水準へ戻す動きにすぎない。産業構造の転換や生産性の向上を伴う経営改革に加えて、国際競争力を向上させる人材育成なくしては、日本企業が賃金上昇を維持することは難しく、仮に一時的に上昇したとしても再び下がりかねない。」

黒田祥子早稲田大学准教授(週刊エコノミスト3月19日号)は、「賃金の引き下げによって欧米諸国のように多くの失業者を生み出すことなく、リーマン・ショックや欧州債務危機など数々の危機を乗り越えてきた。わが国の今年2月の失業率は4.3%と、現在でも主要国の中では際立って低い。日本の硬直的な労働市場を改革することなく、賃金の引き上げを強引に推し進めれば、新たな雇用不安を生み出しかねない。賃金引上げには雇用への影響に対する十分な配慮、解雇の際の金銭解決ルールの明確化、正規と非正規という二極的な働き方を助長する法制度の見直し、ミスマッチ解消に向けた労働政策などを通じて、労働市場の流動化を促進していくことが必要。」

なかでも、若者の不安定な雇用への対策は、喫緊の課題で、高山憲之年金シニアプラン総合研究機構研究主幹(週刊ダイヤモンド3月16日)によると、「かりに正社員になっても30代前半男性の半数以上が6年以内に転職している」。伝統的に日本では、正規社員に対しては社内教育や学習効果が人的資本形成の大きな源泉の一つだった。若者の雇用が安定しなくては、宮川氏が指摘するような国際競争力を向上させる人材育成も難しい。

これらの問題を根本的に解決するには時間が必要で、積極的な緩和姿勢を表明して市場の期待へ働きかけ株高、円安を誘発しても、実態が伴わなければ、やがては市場の失望を買うことになりかねない。資産価格には期待の果たす役割が重要であるにしても、賃金や財市場におけるモノやサービスの価格は期待だけでそう簡単には動かない。

白川浩道クレディ・スイス証券チーフエコノミスト(週肝東洋経済3月2日号)は、「日本製品の国際競争力が落ちている現状では、円安が輸出の拡大につながる効果は限定的。そのうえで金融政策の財政ファイナンス的色彩が強まるなかでの国債金利の急騰リスクなど、行き過ぎた緩和政策がもたらす潜在的なリスク」に警鐘を鳴らす。

福田氏は、「デフレが長引く大きな原因は、潜在成長力の低下にある。金融緩和だけでなく、アベノミクスが3本目の矢と位置づける成長戦略がうまく機能しなければ、日本経済の本格的な回復は難しいと言えよう。金融政策が決して万能でないことは確かだ。ただ、日本経済で繰り広げられるかつてない社会実験が今後いかなる影響を及ぼしていくのか、現段階では確定的なことは何も言えない。」

福田氏は3年間続けられた日経の「経済論壇」担当を辞められるようです。お疲れ様でした。

2013年3月27日水曜日

『リーマン・ショック・コンフィデンシャル』

積読だった『リーマン・ショック・コンフィデンシャル』を読み終わりました。リーマンショックのときのポールソン財務長官、米国金融機関の経営者達の言動に迫ったノンフィクションです。原題は『Too Big to Fail』。リーマンのくだりでは、以前に見た映画『マージンコール』の映像を思い出しますね。
読んでいて、タッチが『野蛮な来訪者―RJRナビスコの陥落』(1990)に似ているなと思ったら、謝辞で、これまで出版されたビジネス書のなかで著者が一番好きな本がそれだと書いていて、納得。これも面白かったけど翻訳は絶版ですね。図書館で借りて読んだな。 『野蛮な来訪者―RJRナビスコの陥落〈上〉』 (ブライアン バロー)原題は『Barbarians at the Gate』 Bryan Burrough。
『野蛮な来訪者』や『リーマン・ショック・コンフィデンシャル』を読んで感じるのは、ビジネス関連のアメリカのノンフィクション・ライターのレベルの高さですね。本当に良く調べているし、面白い。
金融関連のノンフィクションで他にお勧めは『世紀の空売り』と『天才たちの誤算』ですね。前者はサブプライム危機で売りに回ったコントラリアンたち、後者はLTCMの破綻について書かれた本です。
急いで出版したのか、翻訳には金融用語で誤訳かタイポと思われるものがいくつかありますね。「元債権トレーダー」とか。

以下、備忘録
「スウェイゲルと同じく、バーナンキも学者らしく態度にぎこちないところはあるが、経済学者にしては驚くほど世間話がうまく、ポールソンと彼のチームにオフィスを見せてまわった」
「CDOに使われていた複雑な手法のいくつかは私の理解を超えていた。CDOの中間部分やさまざまなトランシェからどうやって利益を生み出すのかといったことは、わからなかった。私にすらわからないものが、世界の残りの人たちにどう理解されるのかと思うと、途方に暮れた」(グリーンスパン)
「最高リスク管理責任者(CRO)マデリン・アントシンクを雇ってはいるが、インプットはゼロに等しかった。彼女は執行委員会でリスクが問題になったときにも退室を命じられることが多く、2007年の終わりには執行委員会そのものから追放された」
「リチャード・ファルドはリーマン、リーマンはリチャード・ファルド。会社のロゴを胸につけた経営者がいるとき・・・被害は甚大なものとなります」
ファルドは51%の議決権を持っている。
ヘンリー・ポールソンがGSからコーザインを追い出したときに、CEOは2年で辞めて後はジョン・セインとソーントンにまかせると言ったけど辞めないで、ロイド・ブランクファインをセインと並ぶ共同社長に指名。ブランクファインの統括するビジネスはGSの80%の収入をもたらしていた。
AIGの創始者コーネリアス・バンダー・スターは27歳で上海に渡り中国人に保険を売り始め、アジア諸国に手を広げた。軍の友人だったマッカーサーの力を借りてアメリカ軍に保険を販売。日本が外国の保険会社に市場を開放するまでAIGジャパンは海外損保事業でAIG最大の売り上げをもたらした。
「AIG・フィナンシャル・プロダクツ(FP)は1987年にグリーンバーグと、ベル研究所出身の金融学者ハワード・ソーシンとの非凡な取引から生まれた。ソーシンは”デリバティブのストレンジラブ博士”として有名になった」。ストレンジラブ博士は映画『博士の異常な愛情』の登場人物ですね。
ソーシンはミルケンのドレクセル・バーナム・ランベールで働いていたが1990年の同社の破産前の1987年にドレクセルの従業員13人を連れてAIGに逃げ込んでいた。そのうちの一人が32歳のジョゼフ・カッサーノ。
AIG・FPは「いくつかのヘッジファンドの慣行どおり、トレーダーが利益の38%を獲得し、残りを親会社に渡していた。ビジネス成功の鍵は、S&PによるAIGのトリプルAの格付けだった」
ソーシンはグリーンバーグと仲たがいして1994年に他の設立者とFPを去っている。グリーンバーグはその前からプライスウォーターハウスクーパースと共同で密かにソーシンの取引を記録するシステムを構築し、後で解析、模倣できるようにしていた(mjsk)。カッサーノはFPに残りCOOに。
1997年のアジア危機のときカッサーノはJPモルガンにCDSのビストロ(BISTRO: Broad Index secured trust offering)を紹介されている。最終的に買わなかったがFPの分析者に商品の研究をさせてCDSはほぼ安全と判断している。
「ビストロにおいて、銀行は帳簿上の何百という融資を取りまとめ、それぞれ債務不履行に陥りそうなリスクを計算し、SPV経由で、投資家に少しずつ商品として販売することによってリスクを最小化する」
カッサーノはAIGをCDSのビジネスに進出させ2005年にはこの分野の大プレーヤーに。「不遜に聞こえるかもしれませんが、理性が及ぶかぎり、この取引で1ドルでも失うシナリオはとうてい思いつきません」。上司のマーティン・サイバンも同意した。「だから夜も安心して眠れるのだ」
「ロバート・ルービンはその人事に反対した。「トレーダーがほかの分野で成功したためしはない」ルービンはウィンケルマンに言った。「本当に大丈夫かな?」 「あなたの経験はお起きに参考になるけど、ロイドは大丈夫だと思う」ウィンケルマンは答えた。」
「クリントン政権の圧力下で、(ファニーメイとフレディーマックの)両社はサブプライム住宅ローンを引き受けはじめた。その動きは、これで誰にとっても持ち家が夢でなくなるという論調で報道発表されたが、普通の基準では家が持てない人にローンを提供するのは、そもそも危険なビジネスだった」
リーマン・ショック・コンフィデンシャル』上巻340pにある「2007年の(バークレイズの)ダイアモンドの収入420億ドル」というのは4千2百万ドルの間違いですね。さすがに多すぎます。
フラワーズがNYで同伴していたのがジェイコブ・ゴールドフィールド。ゴールドマンがLTCMを支援した際に、この会社の全情報を自分のノートパソコンに不正にダウンロードした人物。
アメリカの金融機関の経営者は、社内の激烈な競争を勝ち抜いてきただけあって、煮ても焼いても食えそうもないのばかりですね。
JPモルガンは、リーマン、メリル双方のクリアリング・バンクであり、さらにAIGの顧問だった。ダイモンは誰よりも事情を把握していたんですね。
本は、ポールソンがリーマンに破産申請を促す電話をSECのコックスにさせたところ。
リーマンの取締役会にはIBMの元会長ジョン・エイカーズやヘンリー・カウフマンなど錚々たるメンバーですね。そして今その取締役会がリーマンの破産申請に関する投票を行い、可決されたところ。
元GSでJ.C.フラワーズ社会長で新生銀行取締役でもあるクリストファー・フラワーズってほんと曲者だな。メリルについてBoAに公正意見書を書き送り、フォックスピット・ケルトンと合計で手数料として2000万ドルを得ることになっている。一週間みたないあいだの稼ぎ。
当時はリーマンの次はメリルが危ないと見られていたんですね。2008年9月14日の深夜、BOAとメリルの合併が発表され、ついで15日の午前1時にリーマンの連邦破産法11条の申請が発表された。
「JPモルガンとゴールドマンにAIGを救済させようと決めたのは(ニューヨーク連邦準備銀行総裁のティモシー・)ガイトナーだった」
ダン・ジェスターは元ゴールドマン副CFOで、財務省特別顧問。
「生真面目な経済政策担当次官補フィリップ・スウェイゲルは、大胆に行動すべきであり、政治的影響を恐れて問題解決から目をそらしてはならないと強調した。「日本の二の舞になってはいけません」」
リーマンがチャプター11、AIGが政府に救済された後も、モルガン・スタンレーは資金流出にみまわれ、資金が枯渇しかけていたんですね。
東京のモルガン・スタンレー証券社長ジョナサン・キンドレッドがMSのCFOケラハーに電話「面白い話です。いま三菱から電話があった。取引したいそうです」。この電話は晴天の霹靂だった。三菱UFJの玉越会長がアメリカに投資することはないと発言していたからMSは三菱を選択肢から排除していた。
「ケラハーは、驚くと同時に疑問も感じた。以前にも別の日本の銀行と仕事をした経験から、日本の銀行はつねに動きが遅く、リスクを嫌い、きわめて官僚的であるという評判どおりだと思っていたからだ」
MSとワコビアとかGSとワコビアの組合せの話もあったんですねえ。GSとCitiとか、JPMとMSとかも検討されてますね。中国のCICの名前も。GSとCitiはCitiが拒否。JPM側はMSの内容が悪すぎると判断したようですね。
銀行持ち株会社になり、「充分な預金を確保し、さまざまな規則にしたがえば、連銀の貸出枠から短期融資が受けられる」
「「おいおい、日本人のころはわかっているだろう。彼らはことを起こさない。迅速に動くことはぜったいにない」ポールソンは言い、中国かJPMとの取引にもっと集中すべきだと示唆した」
「「助かった。これで解決だ!」ジェイミー・ダイモンは叫び、JPMの役員フロアの廊下を走って、ジェイムズ・リーのオフィスに飛び込んだ。「マックから電話があった」ダイモンは安堵のため息をついて言った。「日本企業から90億ドルを獲得したそうだ!」」
「政治の問題は、大惨事を回避したからといって、功績は認められないことだ」(バーネット・フランク)
三菱東京UFJ銀行からモルガン・スタンレー宛に振り出された90億ドルの小切手




2013年3月23日土曜日

『池上彰の政治の学校』 (朝日新書)



私は、政治に関しては素人なんですが、この本はとてもためになりました。

「実はこの審議会こそ、官僚主導を支える重要な仕組みの一つなのです」

「役所が独自の基準で、審議会のメンバーを『選ぶ』ということはどういうことか。つまりこれは、『審議会』というのは名ばかりで、委員を選ぶ段階で、その審議会の結論は決まっているということを意味します」

「推進派と反対派、そして中立派がバランスよく揃うようにはします。けれども、反対派といっても、極端な人は呼びません。それをしてしまうと、審議会が空中分解してしまうから、原理主義者のような人は外しておく」

審議会の答申を大臣に手渡す前に、官僚は記者クラブで事前レクチャーをする。記者クラブに属するメディアは事前に原稿を書いておいて、答申が提出されたところで記事を発表。「なぜ官僚がこのようなことをするかというと、誤解されたままの記事を書かれたくないからです」

「彼らの問題意識は、自分達が作った無数のシナリオの中から、どうやって自分達がもっとも良いと思うものを実現させるかにあります。そのときに、絶対に必要なのが『いろいろな国民の意見を聞きました』ということなのです」

「日本最大のシンクタンクはどこか。そう聞かれれば、やはり『霞ヶ関』と答えるしかありません。...本来の政治主導は、政治家がすべてを動かすということではありません。政治家の仕事は『大方針を決める』ことです。そして後は官僚たちに任せる」

橋下氏が支持を集める理由は「橋下氏ならば、今の日本の閉塞感を打ち破ってくれるに違いない。国民がこのように期待していること。これこそが橋下氏の支持の源泉なのです」

「低所得者にとって優しい社会とは言えない『小さな政府』を目指す小泉氏を、小泉改革によってもっとも痛みを受ける低所得者層の人たちが支持しました。彼らはただ今の世の中に不満を持っていました。何かに虐げられているなと感じていた。だから現状の政府を攻撃して、力を奪うべきだと考えたのです」

「しかし恐ろしいのは『とにかく今とは違った状況を作ってくれ』という要求を繰り返していても世の中は改善されないだろうということです。有権者側も具体的に『このような世の中を作ってほしい』と発信して、その一方で有権者が求める世の中を作ることができる政治家を育てていかなくてはいけません」

「政治家が民衆の人気取りに走ってしまい、本当に必要な政策を実行しない。そして民衆もそれをとがめることができない。それがポピュリズム(衆愚政治)の基本的な症状です。菅直人は、この現代版ポピュリズムに翻弄された典型例でした。目先の支持を求めて突然『脱原発を推進します』と言ってしまう」

「小泉氏の場合は、総理大臣になる前までは靖国神社などにまったく関心がなかったのに、『中国からの圧力に負けない強い政治家』を表現するために総理大臣になってから参拝を始めたわけです。これはあきらかにポピュリズムです」

「中曽根康弘氏は、昔から靖国神社に参拝していたし、総理大臣になっても靖国神社に参拝していたけれども、そのことで中国との関係が悪くなったので参拝を控える判断をしました。これはポピュリズムではありませんね」

「ポピュリズムは、政治につきものの宿痾です。国民の支持がなければ政治はやっていけません。けれども、これは民主主義のパラドックスなのですが、国民に媚びるような行動を取っていては、国にとってよい政治はできません」

「『明日の国のことを考えるのが政治家で、明日の自分の選挙のことを考えるのが政治屋だ』という有名な言葉があります」

「今の日本が閉塞感に満ちていて、重苦しい雰囲気が覆っている最大の原因は、国民が政治に対して絶望感を持っているからだと思います」


一票の格差問題については、「自民党というのは基本的に農村部、地方を代表する党で、議員の多くは地方選出議員でした。だから都市部の人口が増えても選挙制度をいじりたくないのです。自民党が選挙区改正を渋っているうちに一票の格差が広がる構造になっていったのです」

農村部から選ばれた議員が多い。農村部には高齢者が多いから高齢者の支持を受けて選ばれた議員が本来の人割合で選ばれるよりも多い。政治家は議員になった後は自分に投票してくれた人のために働くから、高齢者のために働く議員が相対的に多くなる。

「いくら若者の雇用を何とかしなくてはならない、若い人が子供を産みやすい環境を作らなくてはならない、といったところで、若い人たちは投票してくれないわけですから、政治家としてはどうしても政策実現の優先順位が下がります」