2011年10月1日土曜日

金融政策と為替レート(翁邦雄)


「経済セミナー」2011年10・11月号(No.662)は「最適化」の特集。また楠岡先生と武隈先生の対談「数学からみる経済学」も載っている。

「金融政策の新潮流」という翁さんの連載は「金融政策と為替レート -為替レート決定理論とソロス・チャート」。
第1節は「為替レートの水準を決めるものは何か:理論的整理」。購買力平価説、マネタリー・アプローチ、オーバーシューティング・モデルを概観。「為替レートの変動は短期的にはモデルでは予測困難なことが次第に明らかになってきた。こうした傾向は円・ドルレートのみならず、主要為替レートに例外なくあてはまり、これまでのところ為替レートを説明する理論モデルの予測力は、いずれも(前期の為替レートを今期の為替レートとほぼ同じと予想する)ランダム・ウォーク・モデルを確実に上回るにいたっていない」
株や土地、為替レートなどの資産価格について「美人投票」原理の問題が起きる。「この場合、投資家にとって重要なのは、本来的な資産の価値(ファンダメンタル・バリューなどと呼ばれる)ではなく、他の投資家が当該資産の価値をどう評価するか、という『予想についての予想』であり、それが実際の資産価格を決めるという意味で自己実現的な性格を持つ。」
第2節は「為替レートと金融政策」で事例研究として「為替レートとソロス・チャート」、「為替レートに対する日米中央銀行の立場」。
「為替レートと金融政策の直接的な結びつきを主張するために、日本でしばしば持ち出されるものとしてソロス・チャートがある。これは、ヘッジ・ファンドの運用者として著名なジョージ・ソロスが考案したとされ、2国間のマネタリー・ベースの比率と為替レートには因果関係がある、とするものである。(中略)この説明はマネタリー・アプローチに沿ったもので、直感的に理解しやすく、為替レートを押し下げようとする日米の金融緩和競争という構図も明確である。
しかし、 (1)マネタリー・アプローチの前提である購買力平価は成立するとしてもきわめて長い時間がかかる(PPPパズル)、 (2)マネタリー・アプローチで念頭に置かれてきた通貨供給量は物価との関連性からM2など広義通貨集計量であり、マネタリーベースではない、 (3)M2と物価の関連性は世界的に低下ないし不安定化している、 (4)マネタリーベースとM2の相関はきわめて低く、マネタリーベースはM2の安定的な代理変数ではない、といった点に照らすと、70年代型のマネタリー・アプローチによる説明には無理がある。」
「もし、円・ドルレートがソロス・チャートに沿って動くことがある、とすれば期待を通じて資産選択に影響を与える経路、すなわち (1)マネタリーベースが将来の金融政策ひいては将来の為替レートの予想値と関連がある、 (2)美人投票的な投資家の自己実現的期待による、という2つの可能性のいずれかが考えられる。」として、以下の点を指摘している。
「(1)為替レートとマネタリーベース比率の間には、概ね相関している時期と全く相関していない時期がある。換言すれば両者の関係はきわめて不安定であり、計測期間の取り方で、相関係数は大きく変化する。
(2)日本銀行が金融政策として量的緩和を行った2003年~2006年は、グラフと為替レートは逆行している。これに対し、バランスシートの拡大が金融緩和の代理変数にはなりえず、金融市場の状況次第では逆相関もありうることをバーナンキが明言した(Bernanke 2009)。
これらの点から、マネタリーベースの比率を購買力平価のように長期に予想為替レートに安定的な影響を持ちうる変数として解釈するのには無理がある。他方、
(1)投資家への説明のしやすさ(マネタリー・モデルは実証的には破綻したが、その直感的な説得性はきわめて大きい)
(2)ソロスのカリスマ性の高さ
などに照らすと、ソロス・チャートが時期によって投資家の自己実現的予言の拠り所として、為替レートに影響を与える可能性は否定できない。」
「ただ、円・ドル相場以外の主要通貨間の為替レートとマネタリーベース比率の関係は希薄で、そのせいかGoogleで検索する限り、英語ではソロス・チャートにあたるものについての議論は、何通りか検索を試みた限りでは、ヒットしなかった。円・ドルに限って自己実現的な予言の拠り所になることがあるとすれば、それはなぜなのか、という点についてはさらに追加的な検討が必要であろう。
このようにソロス・チャートの基盤は脆弱であり、為替投機には使えても、アカウンタブルな金融政策の基盤にはなりえないだろう。」
また、為替のコントロールについては、「米国では実際の介入業務はニューヨーク連銀が行っているが、財務省とFRBが介入権限を持っている。日本では財務省に介入権限があり、日本銀行は政府の代理人として介入実務に携わっているに過ぎない。」

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