2013年12月31日火曜日

『古都がはぐくむ現代数学』

面白いです。数学、物理に興味がある人にお薦めです。数学者の研究・生活、現代数学の流れ、数学と物理の関係などが数学の専門家以外にも分かるように描写されています。 

主な登場人物は彌永昌吉、秋月康夫、佐藤幹夫、河合隆裕、柏原正樹、神保道夫、三輪哲二、広中平祐、森重文、井原康隆、望月新一、荒木不二洋、小嶋泉、九後汰一郎、中西襄、大栗博司、伊藤清、湯淺太一、岡本久、山田道夫、岩田覚、藤重悟、室田一雄、などです。

「数学の最も親しい友人は物理学である。新しい物理は新しい数学を生み、新しい数学は新しい物理を支え続けた」

宇宙際幾何学者
京都大学数理解析研究所・教授
望月新一

大栗博司氏は『古都がはぐくむ現代数学』にも出てきます。
大栗博司氏の高木レクチャーの記録
"Geometry As Seen By String Theory" 
Hirosi Ooguri(2008)

「代数的量子論とミクロ・マクロ双対性」小嶋泉(2007)

座談会「数物学会の分離と二つの科学」
出席者*:彌永昌吉 伏見康治 今井 功 岡部靖憲〈東大工〉 小嶋 泉〈京大数理研〉桑原邦郎〈宇宙科学研〉
(司会)江沢 洋〈学習院大理〉[1995年10月9日,機械振興会館にて]

205ページに伊藤清氏の最初の論文の冒頭が掲載されているんですが、手書きのガリ版刷りなんですね。ここから始まったのかと思うと感慨深いです。
「条件付確率法則の定義に就いて」伊藤清(1942) (PDF)

大阪大数学のHPで紙上談話会の論文読めます。

伊藤清博士ガウス賞授賞記念行事 2006年9月14日(木)
ガウス賞伝達式
(日本数学会のビデオ・アーカイブ)

「マートンは後に伊藤の数学について「連続時間モデルの数学には、確率論と最適化理論の最も美しい応用が含まれている。しかし、もちろん科学的に美しいものすべてが実用的であるべきだとは言えない。それとまた、科学では実用的なものがすべて美しいわけではない。だが、ここにはその両方がある」と」
マートンは元々は応用数学だったので、ちゃんと伊藤解析を勉強していたらしい。ブラックとショールズはおそらくそうではない。

かな漢字変換システムWnnの名前の由来。当時、PCよりも劣るWSの単文節変換に対して、せめて「私の名前は中野です」という文を一発で変換してほしいと中野秀治氏が主張したことから、Watashi、Namae、Nakanoのローマ字の最初の文字をつなげてWnnとしたそうだ。

クレイ数学研究所のミレニアム賞金問題7題

「ナヴィエ‐ストークス方程式の理論は、偏微分方程式論の常としてきわめて技術的である。しかし、読者はその技術的な困難に圧倒されてはならない。本当に重要なアイディアは技術の細部とは無関係であろうと筆者は信ずる。まだ手のつけられていない問題がきっと隠れているに違いない」岡本久

「最も単純化した方程式から次第にモデルを複雑にし、方程式の階層を考え、順に解の性質を調べる。最も単純化したモデルは現実を直接に記述しないとしても、その解はより複雑な方程式を調べるときの貴重な情報となる」 山田道夫

「このように、対象に近くまで迫れない場合、コンピュータと理論を中心とした解析、つまり数理科学の方法こそ最大の「武器」となる」

岩田覚、藤重悟、リサ・フライシャー、アレクサンダー・スクライファーは、劣モジュラ関数(離散的な問題での凸関数に関係)の最小化の研究により、2003年の国際数理計画シンポジウムで離散数学分野では最高の賞であるファルカーソン賞を受賞した。

「数学は体力だ!」アンドレ・ヴェイユ

「朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようではとてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない。どの位,数学に浸っているかが,勝負の分かれ目だ。数学は自分の命を削ってやるようなものなのだ」佐藤幹夫

「所員をなるべく雑用から解放し、静かに数学に没頭できるようにすること、それがまず必要」
京都大学数理解析研究所所長の森重文氏。「何が一番大事か」との質問への答え。

「昼ご飯をカフェテリアに集まって食べるというルールは他分野の話を聞くにはもってこいです。物理、生物、情報の人と共通話題を探していると、同じ概念の全く違う見方に出会います。当初の研究計画などは関係ありません。IHESは研究者の楽園でした」 小谷元子

数理解析研を含む京都、大阪の数学に対して東洋紡の社長を務めた谷口豊三郎が「谷口奨励会」という科学技術の援助組織を戦前に立ち上げて援助されていたそうだ(76年に谷口財団となり、2000年に解散)。

京都大学数理解析研究所 講究録は設立以来の1800冊以上が全文公開されている。これはすごいな。

2013年12月21日土曜日

『重力はなぜ生まれたのか』 ブライアン・クレッグ

「現在、科学者たちは宇宙をたった二つの基本的な理論で説明しようとしている。一般相対性理論と量子力学である。一般相対性理論は重力の法則であり、宇宙の大規模な構造がどのように形成されるかを明らかにしてくれた」ホーキング

「アインシュタインの相対性理論が革新的なところは、速度を加速度に置き換えたことだ。そして、加速度と重力は区別できないことを明らかにしたことにある」

ISSの中の宇宙飛行士は静止していれば地上の90%の重力を感じるが、実際には軌道運動のため遠心力が働き、これが重力と相殺して無重力状態にいると感じる。

・物理現象をどのような座標軸でながめるのか?
・光はどの座標系から見ても同じ速度で進むのか?

光は最短距離をとるように進む(最短時間で進む道を通る)。フェルマーの原理と呼ばれる。

アインシュタインが特殊相対性理論などを発表した「奇跡の年」1905年の10年前にウェルズの小説「タイムマシン」が出版されている。その小説の中で時間を4番目の次元としている。

「時空」という概念はヘルマン・ミンコフスキーが提案した。

3次元空間を1次元にまとめてしまって、空間と時間の2次元で考えるという発想はすごいな。

アインシュタイン方程式というのが出てきた。ニュートン力学だと重力に影響するのは質量だけだった。アインシュタインの理論だと、質量、速度、エネルギー、圧力が影響してくる。

質量は時空を歪める。相対性理論の世界では質量は速度に依存する。質量と速度は姿を変えているけれど同じ(E=mc^2のこと)。圧力も重力に影響を与える。

質量に由来する重力の影響は時間にも及ぶ。「空間の歪みは時間にも及ぶ。同時に時間の歪みは空間にも及ぶ。これが相対性理論のエッセンスだ」

gravitoelectromagnetism(重力電磁気力)。重力があたかも電磁気力と同じような影響を及ぼす。マクスウェル方程式と同じ形式で表現できるため重力電磁気力と呼ばれている。

宇宙を支配する四つのの力。重力、電磁気力、強い力、弱い力。後ろの二つは核力。

「量子は、フェルミオンとボソンという二つの種類に分けられる。二つの形式的な違いは、素粒子のスピンの大きさの差である。ここでいうスピンは、実際に回転している量を意味するものではない」

「フェルミオンが同じ場所に複数あるとしよう。すると、それぞれ異なる量子状態をとらねばならなくなる。これがパウリの排他原理である」

「太陽の2倍の質量(トルーマン・オッペンハイマー・ヴォルコフの限界質量)を超えると中性子星は壊れる。つまり、重力崩壊する。行き着く先は、想像どおりのブラックホールだ」

星からできたブラックホールの典型的な半径は、実はたったの15キロメートル

ブラックホールの特異点というのが出てきた

角運動量をもたないものはシュヴァルツシルト・ブラックホール、角運動量をもつ(自転する)ものはカー・ブラックホールと呼ばれる。あと、ライスナー・ノルドシュトルム・ブラックホール、カー=ニューマン・ブラックホールというのも出てくる。

反物質が出てきた

「ディラックは量子論と特殊相対性理論を結びつける数学的な方法を見出した。それまで量子論はニュートン力学的な時空で考えられていた。ディラックはシュレティンガー方程式を相対論的な速度で運動する量子に適用できるようにした」

「対称性」の重要性を最初に指摘したエミー・ネーターの庇護者としてヒルベルト登場。

この本は、私のような物理の素人にも説明が分かりやすいです。顔写真が多いので物理学者に親近感がわきます。

Theory of Everythingへの道。実はM理論のMが何を意味するのか誰も知らない。

「従来の量子論でもっとも際立つ結果の一つは、不確定性原理である。その例は「量子の位置と速度を同時に、正確に知ることはできない」というものだ」 

「その複雑さと、予測できることがないことで、M理論は検証不可能な理論になっている。この先、理論がどこに落ち着くか、誰もわからない。科学の”聖杯”の前によろめいているようにも見える」

「弦理論とM理論に挑むのは、ループ量子重力理論である。この理論では、10次元や11次元はでてこない。その分、非常にシンプルである。しかし、ひもや膜のような基本的なユニットがないので、より抽象的な視点で理解する必要がある」

チェコ生まれでバークレイ物理学研究所で研究しているPetr Horavaは、空間と時間に本質的な区別をつけた。一般相対性理論と量子論を融合させるより、まず一般相対性知豚をバラバラに分解し、万物の理論を構築するときに問題となることを逐一取り除いていく方法をとった。

「現時点で有力な量子重力理論は、弦理論かループ量子重力理論だろう。どちらを選ぶかは、ある意味、どの宗教を選ぶかに似ている。いずれの理論も複雑な数学を使って構築されている。一方で、どちらがいいかを判断する観測も実験もできない」

「アインシュタインが重力波の存在を予言してから40年後、重要な発見があった。ポール・ディラックが重力場の新たな方程式を解き、重力子(グラヴィトン)が重力を媒介することを予言したことだ」

Petr Horava

「グラビトン」といえば、『大鉄人17(ワンセブン)』の必殺技ですね。

「重力レンズによってできる像は、「私たち」、「レンズ源として機能する銀河」、「レンズ効果を受ける背景の銀河」、これら三つの位置関係で決まる」

「最近の観測から、宇宙は加速膨張していることがわかってきた。この加速膨張を担うものは、ダーク・エネルギーと呼ばれている」

物理学の基礎を理解した人でも、反重力を信じて真面目に研究し続ける人もいるんですねえ。例としてエリック・レイスウエイト、トーマス・タウンゼント・ブラウン、ニコラ・テスラがあげてある。

「ファインマンは講演の冒頭で、いつもこう説明する。「物理学は究極の質問である”なぜ?”に答えることはない」」

「自然がいかに振舞うかを少しずつ理解していき、やがて法則を知り、いくつかの大切な定数の値を知る。それでも私たちは次の問題に答えることはできない。「なぜ重力は引力なのですか?」」

「ファインマンはまた言う。「科学は”なぜ?”」という問いに、意味のある答えをだせない」

「私達がある理論を好むか否かは問題ではない。重要なのは理論が実験で検証できる予測を与えるかどうかだ。理論が哲学的な見地から見て好ましいとか、理解しやすいとか、常識に合っているかという問題ではないのだ」(ファインマン)

「その理論が喜ぶに値するかどうかは問題ではない」
「難しいことは確かだ。でも、そんなものは放っておけばよい。常識など消し去ればいいのさ」(ファインマン)

「宇宙が誕生したとき、すべての素粒子の質量はゼロだったと考えられています。ところが、その後、さまざまな種類の素粒子がそれぞれ質量を獲得したことになります。そのときに活躍するのがヒッグス粒子です」

「宇宙は誕生して間もなく、「自発的対称性の破れ」という現象を経験します。これは2008年にノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎氏が、1960年に提案したアイディアです。ヒッグス氏はこの現象に着目しました」

『重力はなぜ生まれたのか』は物理学者の写真や図が豊富に載せられていて親近感がわくのだけれど原著『Gravity』にはないらしい。これは原著より翻訳を買いたい。

『確率論と私』 伊藤清

伊藤清の『確率論と私』、すごく面白い。

「数学は論理的には集合の理論にすぎないのです」
「すべて数学分野の定義や定理は、すべて集合論の枠の中で表現でき、定理の証明も集合論の言葉で記述することができます。この意味で数学は論理的には集合論であると申したのであります」

「しかしどこまで進んでも実在は更に複雑で、科学者の立場からすれば、数学を近似的模型として利用するにすぎない。したがって数学者が苦心して作りあげた厳密な理論などはあまりに顧慮しないで、相当乱暴な数学のつかい方をする」

「物理学は存在そのものを研究する学問で、数学は物の存在形式を研究する学問である」ヘルマン・ワイル

『確率論と私』に収録されている「コルモゴロフの数学観と業績」は、一読をお薦め。

伊藤先生は学生の頃、コルモゴロフの『確率論の基礎概念』を読んで確率論を志したそうだ。
コルモゴロフによれば、数学は「実世界における数量関係と空間形式の科学」である。
コルモゴロフの『確率論の基礎概念』は、ちくま学芸文庫で手に入る。
コルモゴロフとかオイラーって、すごいという言葉しか浮かんでこない

伊藤先生は大学卒業後、内閣統計局に就職している。理解のある上司だったので、仕事をしないで、自由に研究させてもらえたそうだ。その上司とは秋篠宮妃の祖父。

岩波の「数学辞典」の第三版の編集責任は伊藤清先生だったのか
岩波の数学辞典の英訳を世界中の科学者が待っていたのか。すごいことだな。
伊藤先生の「確率微分方程式」に関する論文を書き上げたときは戦後の困窮で出版用の紙も不足しており日本のジャーナルはどこも載せてくれなかった。そこでドゥブ教授に論文を送って相談し、親切な取り計らいによってアメリカ数学会のメモワール・シリーズの一冊として1951年に刊行された。

「私が想像もしなかった「金融の世界」において「伊藤理論が使われることが常識化した」という知らせを受けたときには、喜びより、むしろ大きな不安に捉えられました」

『確率論の私』の巻末に<付録>として伊藤先生による確率微分方程式の生い立ちと展開の解説がある。

「ここでY_s_(i-1)をとることが大切でStieltjes積分の場合のようにY_τ_i(s_(i-1)≦τ_i≦s_i)をとったのではうまくいかない。この点についてはその後物理学者や工学者の間で物議をかもしたがこれについてはStratonovichの積分と関連して後で述べる。
しかし私自身は、(1.1)の直感的意味から考えて、Y_s_(i-1)をとることに、何の抵抗も感じなかったし、またMarkov過程の精神からいえば、むしろ自然であると考えた。
私がこの理論を始めた頃は、第二次世界大戦の最中で、印刷も容易でなく、大阪大学の『全国紙上数学談話会誌』(1942年謄写版刷り)に日本語で書いて発表させて貰ったが、興味をもってくれた人は二、三人であった。今の状態と比較して今昔の環に堪えない。
確率積分や確率微分は、必ずしもWiener過程を基礎にする必要はなく、もっと一般にマルチンゲール理論を背景として考えるべきであることは、J.L.Doobが指摘し、渡辺信三、国田寛の両氏が極めて一般的な美しい理論を作り、その場合にも変換公式が成り立つことを示した。
またP.Meyerはさらに精密巧緻な理論を組立てている。これらの現代理論については渡辺信三著『確率微分方程式』(産業図書、1976)を参照されたい。」