2012年12月30日日曜日

『現代経済学の名著』

『現代経済学の名著』は1989年の本で、随分昔に買ったまま積読。佐和氏は編集だけで、実際の執筆は根井雅弘(ヴェブレン、シュムペーター、ロビンズ等)、吉田雅明(ケインズ、レオンティエフ)、小島專孝(ハイエク)、菊谷達弥(アロー、ベッカー等)、秋田次郎(ハロッド、サミュエルソン等)。
アローは『社会的選択と個人的評価』 Kenneth Joshph Arrow "Social Choice and Individual Values"(1951)。

「市場型経済においては、多種多様な初期資源や能力、好みをもつ多数の経済主体が、自己の利益のみを考えて行動し、それが市場に集計されて、相互の行動が調整され均衡がもたらされる。
民主主義社会において最も重要な政治手続きである選挙制度は、投票者の意思を集計して、社会全体としての決定をなす一つの手段である。
『社会的選択と個人的評価』は「投票と市場機構の間の区別は無視し、両方とも集団的な社会的選択という一層一般的な範疇の特別な場合とみなす」という立場に立って、この一般化された社会的選択の機構の特性を、厳密な方法論的基礎の上に分析するものである。」

アローの提起する問題の適用領域はきわめて幅広い。まず各種の会議や選挙においてなんらかの投票方法を用い、メンバーの意思にもとづいて決定を行う場合。次にある経済政策が現状より望ましい社会状態をもたらすか否か、を判定しようとする場合。さらに組織や国家の構成員の自発的合意にもとづいて社会的選択を行う際のルールの整合性といった、社会の構成原理に関わる領域。

「アローは、これらの未知の広大な領域に、記号論理学を用いた公理的方法という武器を持って分け入った。そして、民主的なルールにもとづいて諸個人の合理的な判断を集計することによって、社会としての合理的な判断を導くことは不可能である、という驚くべき命題を証明したのである。これが『アローの一般可能性定理』として知られる結論であり、その否定的含意、理論的射程の広さ、斬新な方法論によって、経済学にとどまらず、政治学や社会学の諸分野にも強いインパクトを与えた。」

アローは二つの顔を持っている。「ひとつは一般均衡論の旗手としてのそれである。限界革命をへて、新古典派経済学の彫琢をめざす理論経済学の分野において、ヒックス、サミュエルソンたちが先頭集団をなしたとすると、その後をついだアロー、ドブルー、ハーヴィッツといった人々はさらに高度な数理的手法を用いてワルラス体系の精緻化を行った。1950年台のスタンフォード大学は、若きアローやハーヴィッツによって高度数理派のメッカとなり、気鋭の経済学者たちの世界的巡礼の地であった。競争均衡解の存在証明(ドブルーと共同)、解の大域的安定性の解明(ハーヴィッツと共同)をはじめとして、いわゆるアロー=ドブルー経済と呼ばれる、不確実性下の経済を扱う手法の確立など、この分野における彼の先駆的功績は広く知られている。

しかしアローの関心はそれにとどまらない。彼は新古典派経済学の理論的限界に正面から取り組むという第二の顔を持つ。不確実性が存在するとき、市場における競争システムでは効率的な資源配分が達成できないとする一連の論文において、医療の経済分析や研究開発活動の分析を行っている。『社会的選択と個人的評価』はアローの処女作であるが、個人の意思決定を尊重することと、社会としての集団的意思決定を合理的に行うことは両立しえないと主張する。このように、市場システムを万能なものとしがちな新古典派経済学の限界を早くから指摘した。」

「彼の姿勢を一貫して貫くものは、経済分析者(エコノミスト)としてのそれであり、『正式に訓練を受けたエコノミストは、自分自身を、合理性の守護者、他の人に対して合理性を説く人、そして社会に対して合理性を処方する人、とみなす』(『組織の限界』の第一章「個人的合理性と社会的合理性」)。彼はこの立場から、価格システムの機能の長所とその不完全性とを、公平に見据えるのである。」

「いかなる瞬間においても、個人は必然的に彼の個人的欲望と、社会の要求との間の対立に直面しているという観点に立って、アローはいう。『あらゆる瞬間において、われわれのとる価値は、妥協の産物でなければならない。というのは、他人が違った価値をもつからであり、そしていかなる社会的行動も、なんらかの共同の要素、とくに協定(アグリーメント)の要素なしには不可能だからである』。」

《アローの一般可能性定理》
【公理1 選好順序の完全性】
【公理2 選好順序の推移性】
【条件1 広範製の要求】
【条件2 パレート原理】
【条件3 無関係な選択対象からの独立性】
【条件4 非独裁制の要求】
[アローの一般可能性定理] 選択の対象となる社会状態が三つ以上存在し、個人の選好順序が公理1と公理2を満たすとすれば、条件1~4を満たす社会的選択関数は存在しない。

この定理は、社会的選択関数の存在が、一般的に「不」可能であることを主張するものであるが、広くアローの一般「可能」性定理と呼ばれている。

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