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2019年8月25日日曜日

『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』

竹中平蔵のことはよく知らなかったのだけれど、ここまでひどいとは…

「結局、金融行政の最高責任者だった竹中が果たした役割は、ウォール街の雄であるゴールドマン・サックスを日本に呼び込むことだったのである」
三井住友とゴールドマンの取引も不可解。社内の反対を押しきって西川頭取が独断で決めたらしいけれど。

慶応の池尾先生は、通称「竹中プラン」の当初の特命チームに招かれていたが、リソースの増強のないまま不良債権処理を進めようとする竹中の意見を聞いて辞退している。さすがですね。

池尾「それなら柳澤前大臣がやった以上のことはできないと考えた。竹中さんは『政治的にどう打ち出すかを考えているので』という言い方だった。私は、そういうものを経済政策だとは思わないので、それであれば辞めますと言ったのです」

竹中は処女作『研究開発と設備投資の経済学』で鈴木和志との共著論文の内容を自分だけの成果であるかのように載せている。それを知って激しいショックを受けた鈴木は宇沢や同僚たちがいる前で泣き出してしまった。
他人が作成したグラフも勝手に拝借して載せている。学者として最低ですねえ。
『研究開発と設備投資の経済学』を竹中は博士論文として一橋大学経済学部に提出したが、不合格だった。

竹中はコロンビア大学ビジネススクールの客員研究員だったが、事実上できることといえば大学の図書館で本を読む程度。「コロンビア大学の客員研究員といえば、実態を知らない人はありがたがるけど、実際には図書館で本も借りられない。借りるにはまたお金を払わないといけないんです」
アメリカの大学の客員研究員だったという肩書をちらつかせる人がいるけど、大したことないこともあるということは知られていてもいいですね。

「ところが竹中は、「実ははっきり言うと、今、郵政の民営化をする必要はないんです」と言う」
じゃあなんで民営化したのよという話。あきれてしまう。

「繰り延べ税金資産は、貸し倒れ引当金に課税される税金分を、将来還付されるという前提のもとで計上する資産だ」
りそなに公的資金を投入するときに、朝日監査法人でりそなを担当者していた平田さんが自殺している。かわいそうに。
りそなは竹中と木村剛のスケープゴートとして経営破綻させられてしまった形。りそなの監査法人は朝日と新日本だった。朝日で担当していた平田は「四項但し書き」、つまり課税所得5年分を認める考えだったが、朝日の幹部と木村が通じていて、りそなの繰り延べ税金資産を認めないという経営判断をした。
平田は自殺し、朝日監査法人はりそなの監査を辞退した。新日本監査法人は当初、課税所得5年分の繰り延べ税金資産を認める方針だった。しかし朝日が唐突に辞退したことで新日本の監査現場が混乱し、繰り延べ税金資産を課税所得の三年分まで減らす結論を出した。

竹中と木村は、自らの手は汚さず、監査法人を指嗾して銀行を破綻させ、公的資金投入を実現した。

木村剛は金融庁顧問をしながら、銀行免許のコンサルティングビジネスで稼いでいた。落合伸治が『日本振興銀行』を設立するのを手伝い、後に落合を追放して同行の経営者となるが2010年に破綻する。木村自身も、金融庁の検査を妨害したとして逮捕され、執行猶予三年、懲役一年の有罪判決を受ける。

小泉首相の秘書の飯島は、しばしば「小泉総理からの指示」という切り札を用いて、竹中が自分の意見を押し通してきたことに不信感を抱いていた。竹中が次の首相候補の安倍に取り入ろうとするのを見て、小泉に直接進言した。
「竹中さんは信用できない部分があります。総理と会ったあとに総理の言葉を正確に伝えていない場合があります」。飯島から進言を受けたあと、小泉は竹中と少し距離をとるようになったという。

クルーグマンは、日本経済の問題は十分な需要がないことと考えていた。需要サイドをおろそかにし、供給サイドの政策ばかりに注目する小泉内閣を疑問視していた。構造改革のイデオローグとなっている経済学者出身の竹中大臣は誤りを犯していると考えていた。
元FRB副議長でプリンストン大学教授のアラン・ブラインダーも「構造改革と同時に需要も喚起する二元戦略が必要だ」とアドバイスしていた。

当時トヨタ会長で日本経団連会長でもあった奥田氏は、竹中が決めた日本郵政への抜粋人事に腐心感を露わにした。「竹中が動くときには必ずうしろにカネの話があるんだ」と言っていた。経団連会長としての記者会見で「金融機関のトップは利害関係があるので資格がないのではないか」と発言した。
トヨタの奥田会長が懸念したことは現実となり、西川は三井住友銀行の部下だった銀行員を日本郵政の幹部に登用した。
日本の場合、製造業の経営者は比較的正常な経営感覚なのに対して、金融機関の経営者はダメダメですねえ。

オリックスの宮内義彦は小泉純一郎や竹中と親しく、日本郵政の「かんぽの宿」などを異常に安い値段で譲り受ける契約を結んだ。これに鳩山邦夫総務大臣が反対して白紙となり、マスメディアや国会で「郵政民営化」疑惑として激しく追及された。

小泉ー竹中の「構造改革」というのは、極端な財政緊縮路線で、ほとんど必然性のない「痛み」を人々に与えて生活を疲弊させることで「改革」に目覚めさせようとしているかに映った。小泉が財政緊縮路線に固執したことで、日本銀行への圧力はすさまじいものとなった。財政禁じ手で過度に金融政策に依存。
「じつは、五年半におよぶ小泉長期政権の歩みは、異常ともいえる「超低金利」時代と軌を一にしていた。日銀による大量のマネー供給が「構造改革」の通奏低音なのである。日銀は小泉純一郎内閣が発足する直前にあたる2001年3月、未踏の領域だった「量的緩和政策」に踏み切っている」

日銀が「量的緩和」に踏み出す決定をした2001年3月の金融政策決定会合で、副総裁の山口は「追加的な緩和の余地が大いに生まれてくるような、ある種のイリュージョンを与えることにもなりかねない」と「量的緩和」に疑問を呈した。

小泉内閣が初めての経済政策「骨太の方針」を発表する直前の2001年6月の金融政策決定会合に竹中が乗り込んで、日銀幹部を前にいきなりこんな発言をしている。「構造改革が動いて金融政策が動くというよりは、金融政策が一体化することによって構造改革を早めるという効果があきらかにあるわけで、とくに、これから経済がたいへんになるぞ、という一種のあおりの議論のなかで、構造改革が例えば止まってしまうというのは困るので、そういうあおりの議論をたとえば抑えるためのメッセージとしての金融政策の役割というのは、私はいまの時点では政策のフリーハンドがない時点では、非常に大きいのではないのかなと直感している」

破綻した後に、政府の管理下に置かれたりそな銀行が社外取締役として迎え入れた一人が川本裕子。マッキンゼーのコンサルタントだった川本はりそなを破綻に追い込む際、決定的な役割を果たしている。竹中の金融問題タスクフォースのメンバーだった。一方、りそな副社長の梁瀬は責任を取る形で辞任させられた後、オリックスに入社している。オリックスの経営者は竹中の盟友、宮内義彦。梁瀬はその後オリックス社長を務めている。破綻して公的資金二兆円で支援されたあと、りそなは自民党への融資を増やし自民党のメインバンクと化した。

竹中はUFJに圧力をかけ、UFJは大口問題債権のミサワホーム社長の三澤を辞めさせ、産業再生機構で債務を整理して身ぎれいになってからトヨタホームが引き取った。その後ミサワホームの新しい社長に抜擢されたのは竹中の兄の竹中宣雄だった。竹中平蔵が現職の金融担当大臣として自民党から出馬したとき、ミサワの子会社幹部らがポスター張りなどの支援をしていたことが発覚して、問題となっている。

竹中平蔵のクローニーキャピタリズムに、眩暈がしますね。

「金融維新」を唱えた木村剛は、日本振興銀行の経営者となって数々の問題を引き起こしながら、ついに2010年9月10日、日本振興銀行を破綻させた。そして、日本の金融史上初めて「ペイオフ」が適用された。預金者が預けていた資金が失われる事態となったのである。

日本初のペイオフ適用とか、とんだ「金融維新」ですねえ

銀行が破綻するわずか6か月前、木村は自らが保有する日本振興銀行の株式を1株33万5000円という法外な高値で売り抜けて、総額3億1825万円を手にしている。中小企業保証機構は日本振興銀行からの融資を元手に、木村の株を買い取った。つまり木村が手にした金は破綻寸前の日本振興銀行から引き出したカネ

どこまで腐っていのかという話

木村は逮捕された後、弁護士の口座に3億以上の資金を移して自分の財産を保全する措置を講じている。3000人以上の預金が失われる中で、木村が守り抜いたのは自分の財産だけだった。

竹中は、本来なら銀行免許を交付すべきではない日本振興銀行に交付し、その結果、預金保険機構への多大な損失と預金者への負担を招いた。

竹中は2003年に幻冬舎から出した『あしたの経済学』という本のなかで寺島実郎の『団塊の世代 わが責任と使命』の内容をパクっている。

90年代半ば近くまで、竹中は繰り返し「公共投資の拡大」を唱えていた。それはアメリカが日米構造協議で要求していたから。どころが自分がマクロ経済政策を担う経済閣僚になると一転して極端なまでの財政緊縮論者へと変貌する。

竹中は安倍政権の産業競争力会議の中核メンバーとして再び表舞台に立った。同時に、認罪派遣業界の大手、パソナグループの取締役会長を務めている。

『市場と権力』佐々木実(2013) 読了です。なかなか衝撃的な内容でした。

『市場と権力』の「おわりに」で紹介されている宇沢弘文の「混迷する近代経済学の課題」の全文は宇沢の『経済と人間の旅』で読むことができます。

2018年3月12日月曜日

金融政策の「誤解」 第3章「リフレ派」の錯誤 早川英男

早川英男の『金融政策の「誤解」』の第3章でリフレ派の問題点について整理されていたので、忘備にメモ。

「リフレ派」の定義

内閣官房参与の浜田宏一はしばしば欧米の主要なマクロ経済学者のほとんどは自分と同意見だとの趣旨の発言をされるが、その場合のリフレの定義は「デフレは経済にとって望ましくない状態だから、中央銀行はデフレに陥ることのないように、またデフレに陥ってしまった場合は、そこから早く脱出できるように金融政策を行うべきである」という広いものだろう。しかしこれでは早川氏を含めてほとんどの(元)日銀関係者はリフレ派に含まれてしまう。リフレ派が口を極めて非難してきた日銀も「ずっとリフレ派だった」という大変奇妙なことになってしまう。

早川氏は以下の命題のすべてを基本的に受け入れる人たちを狭義の「リフレ派」と定義

【命題1】過去20年あまりにわたる日本経済の長期低迷は、基本的に需要不足によるものであり、需要不足をもたらした主因はデフレにある。

【命題2】ゼロ金利の下でも中央銀行が使える有効な金融政策手段は十分にあり、ゼロ金利制約はあまり深刻な問題ではない。

【命題3】財政政策に関しては、次のようなポジションを採る。
①財政政策、とくに財政支出の増加はマクロ経済に対して一般に有効ではない。
②にもかかわらず、なぜか消費税増税は景気に極めて大きなマイナスのインパクトを与える。
③財政赤字の問題は、デフレ脱却の結果としての経済成長によって大部分解決できる。

これらの認識を共有する人たちのグループが実体として存在し、「デフレこそ諸悪の根源」とすることで、財政健全化や潜在成長力の強化といった、より重要で困難な課題から政治家や一般国民の眼を背けさせてしまう点に問題がある。

「リフレ派」の主張は整合的か

命題1については、過去15年間の物価下落率は年率わずか0.3%だった。その程度のデフレが本当に「失われた20年」と呼ばれる日本の長期低迷の主な原因とは思われない。
また、2000年以降の日本の人口一人当たり成長率は他の主要国に劣るものではなかったので、日本の低成長の少なくとも一部は人口減少(生産年齢人口の減少)に起因する。

命題2に関して、「ゼロ金利の下での金融政策」というテーマは世界の金融マクロ経済学の大きなテーマであり続けた。命題2のように言い切ってしまうのはデフレからの脱却の困難を過小評価している。

日本経済の長期低迷の原因として需要不足以外の構造的問題を重視していない、あるいはゼロ金利制約を重視していないことはリフレ派特有の楽観論の表れである。

命題3は奇妙な命題の組合せである。①はマンデル=フレミングの参照だろうが、②と①はあっきりと矛盾する。また、1990年代後半以降日本の長短金利はほぼ常に低水準に張り付いていたので、①はずっと成立しなかったはずである。

リフレ派の困った議論①: 後出しじゃんけん
リフレ派が次々といろいろな金融緩和手段を提案し、日銀がその提案を実行に移すと、彼らは最初には歓迎を示すが、時間が経って思ったような効果が出ないとみるや、必ず「やり方が足りない」と言い出す。最初は誰をも驚かせた黒田日銀のQQEに対してさえ、一部のリフレ派はやがて「これでは足りない」と言い出したのである。

リフレ派の困った議論②: 精神論
もう一つは、「信念が足りない」という精神論である。白川日銀に対するリフレ派の「みずからが政策効果への信念を持たないから、効果が出ないのだ」という批判は、「必勝の信念さえあれば、おのずと途は拓ける」という旧帝国陸軍の主観主義・決断主義を彷彿とさせるものだった。

期待一本槍の政策論:主観主義の錯誤
リフレ派の政策論は期待一本槍の主観主義となっている。リフレ派のもともとの主張はマネタリズムだった。しかし1980年代以降、各国で金融自由化が進むと、マネーと実体経済の関係が不安定化して多くの中央銀行はマネタリズムを捨てて金利ベースの政策に戻っていった。岩田規久男らのマネタリズムは時代遅れだった。
実際に日銀が量的緩和を行ってもマネーストックはほとんど増えなかった。理論だけでなく現実にも貨幣乗数のメカニズムは働かないことが明らかになった。「マネタリーベースの増加がマネーストックを増やして物価上昇につながる」と言えなくなったリフレ派は、「インフレ期待に影響を及ぼす」という以外に道がなくなった。

成長余力の過大評価:楽観主義の錯誤
リフレ派は雇用が増えたことをアベノミクスの最大の成果として誇示するのだが、GDPが増えずに雇用が増えたのは生産性が低下したためであり、人口減少の下ではそれは極めて低い潜在成長率を含意するという、シンプルな論理的帰結には気づいていないようだ。

「出口」なき大胆な金融緩和: 決断主義の錯誤
日本の場合、QQEからの出口において米国以上の困難が待ち受けている。
第一に、金融機関が大量の長期国債を保有しているため、長期金利が急騰すると金融機関のバランスシート毀損につながり、極端な場合には金融システムの不安定化を招くリスクがある。
第二に、日銀のバランスシートも、当然ながら大きく毀損する。これは国民負担を意味する。
第三は、政府の財政への負担である。日本の公的債務残高は名目GDPの2倍以上で、長期金利が急騰すれば、政府財政にとって大きな負担増となる。

2017年10月29日日曜日

『脱線FRB』 ジョン・B・テイラー

テイラー・ルールの提唱者として有名なジョン・B・テイラーは次期FRB議長候補にもなっている。図書館で彼の『脱線FRB』という本を借りてきて読み始める。

《テイラー・ルール》 政策金利=中立名目金利+α(今期インフレ率ーインフレ目標)+β(GDPギャップ) 中立名目金利(自然実質金利+インフレ目標)とインフレ目標をそれぞれ4%と2%、αとβをそれぞれ1.5と0.5とすると1980年代から2000年にかけての政策金利を説明できると。

本の内容は以下の彼の講演や論文の寄せ集め。

"HOUSING AND MONETARY POLICY" John B. Taylor(2007)
http://www.nber.org/papers/w13682.pdf

"Globalization and Monetary Policy: Missions Impossible"
John B. Taylor(2009)
http://www.nber.org/chapters/c0787

"A Black Swan in the Money Market" John B. Taylor, John C. Williams(2008)
http://www.nber.org/papers/w13943

"The State of the Economy and Principles for Fiscal Stimulus"
John B. Taylor(2008)
https://web.stanford.edu/~johntayl/Principles%20for%20Fiscal%20Stimulus.pdf

"The Costs and Benefits of Deviating from the Systematic Component of Monetary Policy"  
John B. Taylor(2008)
http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.436.4115&rep=rep1&type=pdf

"The Way Back to Stability and Growth in the Global Economy"
John B. Taylor(2008)
https://www.imes.boj.or.jp/english/publication/mes/2008/me26-4.pdf

"THE FINANCIAL CRISIS AND THE POLICY RESPONSES:
AN EMPIRICAL ANALYSIS OF WHAT WENT WRONG"
John B. Taylor(2009)
https://www.perimeterinstitute.ca/images/conferences/taylor_policy_responses.pdf

これに対して、解説で大津敬介氏がウッドフォード(2001)を紹介している。

"The Taylor Rule and Optimal Monetary Policy" Michael Woodford(2001)
http://www.columbia.edu/~mw2230/taylor.pdf

ウッドフォード(2001)は、典型的なケインジアン粘着価格モデルにおいて、テイラー・ルールが、経済厚生損失関数を最小化させる最適金融政策ルールであることを証明した。

注意点として、GDPギャップは現実のGDPと潜在GDPとの乖離率として定義されるが、もともとテイラーは現実のGDPの時系列トレンドからの乖離率としてGDPギャップを計算した。時系列トレンドが潜在GDPと等しい限り問題はないが、乖離しているとGDPギャップを過大評価してしまう。
また、テイラー・ルールでは中立名目金利が4%と設定されているが、自然実質金利は一定ではなく、毎期の経済状況の影響を受ける。
目標インフレが2%と設定されているが、この経済学的根拠は乏しい。経済厚生の観点からすると、インフレ税やメニューコストの負の効果を避けるため、インフレが存在しないことが望ましいはずである。そう考えると、インフレ目標はゼロであるはずである。

2017年9月16日土曜日

『日本経済再生 25年の計』1章 金融政策

池尾氏の第1章「金融政策」は、アベノミクスの量的質的金融緩和の経緯を振り返りそうした政策が理論通りに景気刺激策としてほとんど追加的効果を持たなかったことを議論。私の意見は池尾和人氏と全く同じです。

円高是正、株高、景気回復など「こうした経済の好転を大胆な金融緩和の成果であると主張して、この間の金融政策運営を正当化しようという向きもあるが、どのような波及経路で(当初の意図のようにインフレ期待や実際の物価は上がらなかったにもかかわらず)好転につながったのかを説明すべきであろう」

2001年3月から06年3月にかけて日銀が世界で最初に実施した量的緩和政策は、端的にいうと短期国債と準備預金の交換を行うもので、政策金利がゼロになっている状況では短期国債と準備預金はほとんど同等だから、それらを交換しても特段の効果が生じず、景気刺激効果はほとんどない。

長期国債と準備預金であれば、金融資産としての特性にはまだ違いがあるが、「QQE開始時点ですでに長期金利は1%を割り込む水準にあったために、定量的には大きな追加的効果が見込まれるものではなかった」

当初のQQEの狙いの中心は、人々のインフレ期待に働きかけることにあり、長期金利の低下を図ることは副次的なものだった。しかしどうしてQQEに「市場や経済主体の期待を抜本的に転換させる効果が期待できる」のか。そうした主張はきわめてずさんな論理に基づくものでしかない。

その論理というのは、中央銀行が「責任をもって約束」を行い、それを裏付ける行動としてマネタリーベースを増加させれば、予想インフレ率が上昇するというものである。これはあまりに精神論的な議論である。

中央銀行が2%のインフレ目標に強くコミットするといっても、それを達成する手立てをもっていなければ、単なる決意表明にすぎず、それを信じるに値するものだとはいえないことを無視している。

ゼロ金利制約に直面しているときには、信用乗数メカニズムも、貨幣数量説的関係も、ともに成立するとは考えられない。したがって、ゼロ金利制約に直面しているときに、マネタリーベースが増えたからといってインフレ期待を引き上げる合理的な根拠は存在しない。

2012年11月以降の円高是正、株価上昇は人々や企業のマインド改善に寄与したが、「それらがもっぱら日本の経済政策の結果であると考えることは正しくない。とくに為替は、相手のある話で、日本側の要因だけで決まるものではない」

為替レートに影響する重要な要因は①ファンダメンタルズ、②内外金利差、③リスク・プレミアム。このうち内外金利差については90年代以降、日本の短期金利はゼロ近傍にありそれ以下の低下余地は存在しないので、もっぱら米国の金利要因によって決定されるかたちになってきた。

「リーマンショックの直後は米国金利の急激な低下と世界的なリスク回避傾向の強まりから、著しいドル安円高がもたらされることとなった。このリーマンショック直後のドル安円高に対して日本側でとれる有効な対抗措置はなかったと筆者は考えている」


日銀がマネタリーベースを米国と比肩するペースで増やさなかったから円高が進行したとの批判が存在するが、通貨の供給量の大小が為替レートに影響するとすれば狭義の通貨供給量であるマネタリーベースではなくより広義の通貨供給量が想定されなければならない。

ゼロ金利制約に直面していて「信用乗数が大きく変動する状況においては、そうした相関は期待できない。実際に、日米のいずれかが量的緩和政策をとっていた時期には、ソロス・チャートは成り立っていない。それゆえ、上記のような批判は根拠のないものである」

東日本大震災で原発の稼働が停止し、化石燃料の輸入が増加したことから、日本の貿易収支は黒字から赤字基調が定着し、経常収支の黒字幅もわずかなものに転じた。為替レートもファンダメンタルズの変化に応じて円安になってしかるべきだったが、実際には円高基調のままミスプライシングになっていた。

安倍政権の登場とアベノミクスの提唱はミスプライシング是正のきっかけを与えるものとなった。欧州の信用不安小康から海外投資家がリスク・オンに転換したことも円高是正に貢献した。2013年4月からQQEが開始されてたが、マネタリーベースが実際に増える前に円高是正は止まった。

2013年度は高い実質経済成長率を達成したが2014年4月に消費税が5%から8%に引き上げられると、経済成長は失速した。これは消費増税前の駆け込み需要が発生したため2013年度が上振れし増税後にその反動が起きたため。消費税引き上げで民間の失った購買力は政府によって支出される。

2年程度で決着をつけて手仕舞うという公算は外れ、短期決戦から否応なしに持久戦にならざるを得なくなったが、年間80兆円ペースの国債購入は何年にもわたって続けられるものではなくQQEは持久戦に不向き。そこで2016年1月末に唐突にマイナス金利政策が導入された。

問題はマイナス金利がQQEに上乗せされるかたちで実施されたこと。日銀の潜在的な損失(招待の償還差損)は増大。多くの金融機関にとっては運用金利の低下で収益を圧迫されることになり、マイナス金利の評判はきわめて芳しくない。

筆者は、単独でみたQQEの追加的効果はきわめて限定的だと考えている。やっていることは、民間が保有する公債の満期構成を短縮化しているだけだから。効果は乏しいから副作用もそんなに心配することはない。ハイパーインフレになるとも思えない。

ただし、財政政策、国債管理政策としてみると、やっていることは足元の景気刺激効果だけを期待した短期志向なものになっており、持続可能性を欠いたままの状況が続いている。金利上昇が起こると、問題が急激に顕在化する懸念がある。金融緩和の結果としてのインフレはないが財政インフレのリスクはある。

2016年12月11日日曜日

『非伝統的金融政策 -- 政策当事者としての視点』宮尾龍蔵

日本の非伝統的金融政策の効果を構造ベクトル自己回帰モデルで分析
経済学者であり、日本銀行政策委員会審議委員を2010年~2015年の間務めた宮尾龍蔵氏による非伝統的金融政策の解説と政策の効果の実証分析をまとめたものです。
宮尾氏の分析手法は時系列分析の構造ベクトル自己回帰(Structural VAR)モデルを利用したものです。構造ベクトル自己回帰モデルとは、複数の経済変数の相互依存関係をシンプルな(主として各変数の過去の値に依存するような)連立方程式体系で描写し、各式の誤差項を「構造ショック」とみなします。
宮尾氏は構造VARモデルで日本の非伝統的金融政策の効果を分析した結果、「2001年から2015年初めまでの日本のマクロ経済データを用いて検証した結果、マネタリーベースの増加は、長期金利の低下と資産価格の上昇 ―株価の上昇やドル/円為替レートの上昇(ドル高・円安)― を通じて、日本のGDPを持続的に引き上げ、また消費者物価上昇率にも持続的なプラスの効果をもたらすことが確認された」と結論づけています。
一方で「本章で示される分析結果が、日本の非伝統的金融政策の効果に関して確定的な最終結果を表すというものではありません。今後のデータの蓄積によって、また潜在的に起こりうる経済構造の変化によって、実証的な評価は変わりうるものです。むしろ、ここでの検証は、シンプルかつ再現可能な科学的分析を示すことで、今後のより詳細な分析につながり実証結果が蓄積されていく、そして非伝統的金融政策の効果の全体像に少しでも近づく、そうした試みの1つとして位置づけられるものと考えます」と断り書きをしており、経済学者としての真摯な姿勢が感じられます。
分析結果については日銀審議委員だった立場上、全く効果がなかったという結論は出しにくいでしょうし、VARモデルは使う変数の選び方やデータ期間によって結果が変わってくるので、いろいろと議論はあるかと思います。ただ、一流の経済学者が日本の金融政策の実証分析の手法を分かりやすく説明し、分析結果の見方を解説してみせた意義は大いにあるのではないかと思います。
なお、構造ベクトル自己回帰(Structural VAR)を使った分析については、前著の『マクロ金融政策の時系列分析』の方がより詳細に書かれているので、興味を持たれた方は『マクロ金融政策の時系列分析』を読むことをお勧めします。

また、アカデミックな参考文献をきちんと紹介されているのも大変参考になります。

2016年3月10日木曜日

日経、経済教室「マイナス金利で何が起きる(下)」加藤出氏

「日銀がマイナス金利を決定してから1ヶ月余りが経過したが、日銀に対する金融業界の批判はいまだにすさまじい。筆者は海外も含め主要な中央銀行の金融政策を長くみてきたが、これほどの激しい反発は今まで記憶がない。原因は主に次の3点にあるだろう。第一にサプライズ効果を重視するあまり、日銀は実務面の混乱を軽視してしまった」。

ECBが一年半以上前から導入を示唆していたのに対して、黒田総裁は1/21の国会でマイナス金利は考えていないと言ったのにその翌週に決定しわずか11営業日後から実施。

「このため、マイナス金利取引に対応できない金融機関や期間投資家が続出し、短期金融市場は流動性が著しく低下し、金利裁定が働きにくいゆがんだ状態に陥っている」。

これだけでも、黒田氏は史上最低の総裁と言えますね。

「第二に金融機関の収益悪化が前提となっているマイナス金利政策の不自然さ、奇妙さが挙げられる。中銀の幹部は「個人の預金はマイナス金利にならない」と説明し、市民の怒りや不安を沈めようとしている。マイナス金利になると預金者が怒って現金を大規模に引き出す恐れがあるからだ。また、通貨の保存価値機能が低下する印象が強まりすぎると、多くの人々は消費・投資に積極的になるよりも、防衛的な行動に走る恐れがある」。

家計の預金がマイナス金利にならなければ銀行の貸出金利がマイナスにならず、景気刺激効果は限られる。それでも同政策が採用される本音は通貨安誘導で、世界経済にとってゼロサムゲームにすぎないと英中銀総裁は非難した。銀行の利ざやが圧縮され収益が悪化すると、金融仲介機能が毀損される恐れがある。

「地方金融機関からは「日銀の政策で政府が目指す地方創生どころではなくなった」との嘆きが多く聞かれる。同関連プロジェクトが収益を生むまでには時間がかかるが、それより目の前の収益確保が大問題になってしまったからだ」。

第三に日銀のクレディビリティーの問題が生じている。QQEは「2年程度でインフレ目標を達成する」と宣言して開始されたが、マネタリーベースは三年前より220兆円以上増えたにもかかわらず、インフレ率は目標の2%からまだ遠い位置にいる。2年でインフレ率2%はやはり無理筋だったのである。

「日本経済にとって重要なのはむちゃな緩和策の追求でなく、潜在成長率を高めるための構造改革ではないかと多くの市場関係者は感じている。だが日銀は、異例の緩和策によりリスクフリー資産の利回りを強引に低下させ、金融機関、投資家を深刻な資金運用難に追い込み、リスク資金へのシフト(ポートフォリオリバランス)を促している。しかしそうした政策は残酷かつ危険である」。

「国債の発行金利がこれほど下がると、政府や国会の財政再建に対する意識が後退し、結果的に将来世代にまわすツケが大きくなる恐れがある。金融政策が非伝統的手段にここまで踏み込んでくると、効果と副作用の冷静な比較考量が必要となってくる」。

2016年2月27日土曜日

『デフレ最終戦争 黒田日銀 異次元緩和の光と影』

黒田日銀の誕生以降を取材してまとめたもの。やや黒田日銀に対する評価が甘い気がする。日頃から日銀をウォッチしている人にとっては内容がやや表面的で新しい発見はあまり無いかもしれない。日銀や金融政策に興味のなかった人にはいい入門書になるかもしれない。
個人的には第9章「OBたちの批判と不安」、第10章「「出口」という難作業」が面白かった。

この本が出た直後に黒田日銀が追加の金融緩和策として突然マイナス金利導入をしたが、それにも関わらず円高・株安が進んだ。インフレ率も2年で2%どころか、3年で0%に落ち込んでいるうえ、「出口」もまったく見えない黒田日銀についての本を出すタイミングとしてはやや中途半端になってしまったかもしれない。

ちなみに、日銀の金融政策決定会合の議事要旨で「多くの委員」というのは9人のメンバーのうち5~6人程度、「何人かの委員」というのは3~4人程度を意味するのだそうだ。

「一般的に、日銀総裁の講演は本人自ら執筆することはない。例えばテーマが金融政策であれば、総裁が示した大きな方向性を踏まえて、企画局制作企画課長が下書きをする。最終的に本人がチェックして、必要なら修正を加えるというプロセスを経る」

「黒田総裁の講演の大半は、正木企画局制作企画課長が草稿を書く。内田企画局長、雨宮企画局担当理事両氏の順でチェック。最終的に黒田総裁が目を通したうえで、講演に臨む」

自分で書かないのね。

木内氏は元々緩和策の導入自体には賛成したが、「2年で2%」のコミットメントには反対票を投じた。異次元緩和の継続期間は2年程度に限定し、その時点で柔軟に見直すという主旨の議案を提出した(反対多数で否決)。

第9章「OBたちの批判と不安」で、多くの日銀OBが黒田日銀を批判しているところが面白いです。
『真説 経済・金融の仕組み 最近の政策論議、ここがオカシイ』 横山 昭雄 
著者は、考査局長、監事などを歴任した日銀OBの横山昭雄氏。私はこの本はまだ読んでいない。
「”ガンガン金融を緩め、ドンドン財政支出を増やしさえすれば、デフレも直り、経済もよくなるはず”などと喚き散らす、能天気の政治家・エコノミスト輩に、これ以上世間騒ゆうの勝手を許してはならないし、かなりの程度それに乗っかったように窺われもする現政策当局の危うさにも厳しい目を向けざるを得ない」
日銀関係者の間で関心を集めたのは、福井氏が同書に「推薦の言葉」を書いている点だ。
武藤敏郎元副総裁「自ら期限を区切って物価目標を達成しようとしている中央銀行は他にはない。実現できなければ2度と使えない政策だ。他の中銀が期間を特定しないのは自信がないからではない。クレディビリティ(信認)を大事にするからだ」
今の日銀はクレディビリティを軽視した、世界でも稀な中央銀行ということです。
翁邦雄 「デフレという表層的な現象を日本経済の低成長の元凶に位置づけてしまい、インフレが潜在成長率を高めることを待つことは、人口減少や超高齢化という根源的かつ喫緊の課題から目をそらす方向に作用する」
稲葉延雄元日銀理事 「(労働市場の改善や株価上昇により)経済は良好な状態になったのに、デフレ脱却が遅れており、順序が逆転している。明らかにデフレは景気後退の原因ではなかったし、デフレ脱却は経済の好転の条件ではなかった」
山口泰元副総裁 「今、完全雇用に近い状況の下、物価の下落は止まり、低インフレ状態を展望できそうである。それでも2%目標には遠く届かない。(異次元緩和の)政策目標も方法も柔軟な方向に修正すべきなのは明らかだとも思う。デフレは経済成長力の低下の反映であることも多く、金融緩和だけでは効果に限界がある」
白川前総裁 「『期待に働きかける』という言葉が、『中央銀行が言葉によって、市場を思い通りに動かす』という意味であるとすれば、そうした市場観、政策観には、私は危うさを感じる」
「仮に、この命題を、『中央銀行の供給する通貨、いわゆるマネタリーベースを増加させれば物価が上がる』という意味に解釈すると、過去の日本の数字、あるいは近年の欧米の数字が示すように、マネタリーベースと物価との関係、リンクというものは断ち切れている」
「金融政策は強力な手段だが、その効果の本質は、非常に低い金利水準を実現する、あるいは流動性を潤沢に供給することによって、家計や企業が、明日ではなく今日支出するように動機付けていくことだ。しかし、明日が今日になり、明後日が明日になり、さらに今日になってくるので、いわば将来から現在に需要を前倒しすることになる。その前倒しにする原資というか需要自体は、日本経済の潜在的な成長力に規定される」
白川氏、さすがだ。

2016年2月20日土曜日

2/19 日経 大機小機 「マイナス金利政策の効果」

 「マイナス金利政策の効果」についての2/19の日経、大機小機は、大機小機にしては珍しくよくまとまっていた。マイナス金利政策が銀行や政府、家計、企業に与える影響を整理している。

  • 銀行にとっては、リスクが皆無の日銀預金を持つだけで0.1%の利回りが稼げる収益機会が減少した。昨年1年間でこの利益は約2100億円に達し、しかも年間80兆円の量的緩和で、利益が800億円ずつ増えるはずだった。今後は利益の増加は見込めず、むしろ日銀預金の一部がマイナス金利になり、収益を吸い取られるようになる。当面は銀行が国債を高値で日銀に売れば利益を出せるが、これは1回限りだ。貸出金利や債券運用利回りの低下で銀行収益は悪化する。
  • 政府にとっては国債流通利回りが残存期間8年前後までマイナスとなり、多くの国債がマイナス金利で発行できるようになった。これは政府金利負担を押し下げていく。
  • 企業や家計にとっては設備投資や住宅などの借入金利が小幅低下し、投資には若干プラスに働くだろう。しかし従来から借入金利は非常に低かったため、その効果に多くは望めまい。
  • 海外の投資家にとって円での資金運用は不利になっていない。従来通り、ほぼゼロ金利の銀行預金での運用が可能だからだ。今のマイナス金利政策には円安誘導効果はほとんどない。
  • 日銀にとっては日銀預金の利払いが頭打ちになり、一部がマイナス金利になって収益が好転する。他方でマイナス金利の国債の買いオペは今後、収益を圧迫する。満期償還時に赤字が発生するからだ。マイナス金利を解除してプラス金利にするときには、国債価格の下落と日銀預金への利払い増加で巨額の損失を計上することになる。

そのマイナス金利を解除してプラス金利にするときに計上される「巨額の損失」を誰が負担するかというと...最終的にはみなさんの税金ですよ。
ちなみにマイナス金利は、英語ではnegative interest ratesです。



2016年2月11日木曜日

日経2/9、経済教室「マイナス金利の功罪 下」 翁邦雄

「人口減少のように反転の兆しがみられない要因で極めて長期的な自然利子率の低下トレンドが生じているとすると、逆風がやんだ時のインフレを先取りする、という(クルーグマンの)論理は破綻する。
クルーグマン氏も昨年10月に『日本再考』と題する論文で、日本の労働力人口減少トレンドに照らすと中央銀行の期待への働きかけだけでは、インフレ率を高められないだろうと主張を変えた。
量的・質的緩和は金融機関の当座預金保有残高を増やす政策であり、これに課金するマイナス金利政策とは相性が悪い。マクロ加算などの工夫がされているが、それでも長期戦に耐える枠組みとは考えにくい。
整合的な枠組み構築より、自国通貨預金のコストを高めることによる円安誘導、それを通じた株価安定に期待したいのが本音だろう。」
2/8〜2/10の日経、経済教室「マイナス金利政策の功罪」上中下は、マイナス金利について大変よくまとまっているので一読をお勧めです。

日経2/9、経済教室「マイナス金利の功罪 中」 櫻川昌哉


「マイナス金利は金融仲介機能を劣化させ銀行の信用創造を縮小させるのでマネーサプライは減少する。資金は金融市場を循環しなくなり、人々は実物資産より貨幣の保蔵を選択し、物価は下落してデフレ不況は深刻化する。」

フィッシャー方程式を使って「名目利子率ゼロの世界では、物価上昇率はマイナス、つまりデフレが生じる」と説明しているところは違和感がある。

日経2/8、経済教室「マイナス金利の功罪 上」 植田和男


日経、経済教室、植田和男さんの「マイナス金利の功罪:『現金の金利ゼロ』、効果制約」。植田さんの言う通りです。

「08年のリーマン・ショック以降の非伝統的金融緩和政策の一つの限界は、金融資産価格が金融政策に強く反応してきたにもかかわらず、実体経済の資産価格に対する反応が鈍いことである。

日本だけでなく、ベースマネーが大幅に拡大した欧米でも賃金や物価上昇率の動きは停滞している。マネーの伸びが高まれば、2~3年程度の期間でそれにほぼ見合ってインフレ率が高まるという貨幣数量説は、ここ数年の経験の説明には無力だ。

欧米で非伝統的金融政策に対する実体経済の反応を限定的にしてきた一つの要因は、世界的金融危機の後遺症だろう。金融危機後のリスク回避的な動きは、金融政策の効果が期待できる金融資産投資では和らいだが、実物資産投資ではまだ続いていると考えられる。

深刻な金融危機をはるか前に経験した日本では、むしろ長引いたデフレによるインフレ期待の低迷や人口減少に伴う成長期待の喪失が足を引っ張っているといえよう。

もう一つ、市場が感じた金融緩和策の限界は、緩和手段が底をつきつつあるのではないかとの懸念だ。そもそも最近の量的緩和策などは、政策金利がゼロに接近し、それ以上は下げにくいという制約の中で採用されてきた工夫だ。

欧州に続き日銀が採用したマイナス金利政策にはどの程度の可能性があるのか。大きな問題は、現金の金利がゼロである以上、その他の金利をあまり大きなマイナスにはできないという点だ。人々がマイナス金利の資産から現金にシフトしてしまい、マイナス金利の波及効果を弱めてしまうからだ。

マイナス金利の経済への影響については不透明な面が多い。国債買いオペと相まって、国債金利、さらには高格付け社債金利などには強い押し下げ圧力が働くだろう。しかし貸出金利、実物資産投資などへの波及効果は欧州の経験をみても不確かだ。」

2016年2月7日日曜日

日経、日曜日に考える 『マイナス金利、経済への影響は』

日経、日曜日に考える。マイナス金利の経済への影響について、従来この政策を提唱してきた賛成派の岩田一政氏と、反対派の池尾和人氏の意見を併記している。
岩田氏によるとマイナス金利が景気を刺激するメカニズムとして2つ。1つは金利低下で企業投資や個人の住宅購入など経済活動が刺激される。もう一つはリスク性の資産の購入が増えて、市場環境を好転させるルート。
岩田一政氏がマイナス金利を推す理由も、今の量的・質的緩和だと2017年6月に長期国債の購入が限界に達するからでしかないようですね。岩田氏のいう効果って、もうすでにほとんど出尽くしている気がする。
個人的には、池尾和人氏とまったく同意見ですね。
池尾 「黒田総裁が言うように、金融政策に『できること』はまだあるだろう。ただそれは『有効な手段』がまだあるということを意味しない。『有効な手段』とは、効果が副作用をそれなりに上回り、経済を好転させるような政策措置だ。マイナス金利政策がそれに該当するのかには疑問がある。
今回の決定は、緩和策をさらに進めても有効性はあまりないという金融政策の限界を示したというのが実態だろう。量的・質的緩和をさらに『進化』させるのではなく、『退却』のシナリオを考えた方がいい
過度の円高防止はともかく、さらなる円安促進が今の日本経済にとってどの程度プラスなのかには議論の余地がある。原油価格などの下落のメリットを素直に享受した方がよいのではないか。
日銀当座預金の金利がマイナスになれば銀行の収益に何らかの悪影響が及ぶはずだ。それによって個人や企業に円滑にお金を供給するという銀行の金融仲介機能が損なわれてしまう懸念がある。」
私もそこを強く懸念してます。
「貸し出しが伸びない本当の理由は、日本経済に成長期待が持てず、信用度が高い企業や個人から十分な資金需要が生まれない点だ。当座預金の金利がプラス0.1%からマイナス0.1%に低下したからといって、銀行融資が大きく増えるとは考えにくい。
一部の信用力の高い企業の資金調達は確かに楽になるかもしれない。しかし、資本市場での調達が難しい中小企業に対しては、銀行の金融仲介機能低下がジワジワと負の影響を及ぼす懸念がある。総じてみれば、こちらの方が重みを持つのではないかと危惧している。その点は看過できない。
問題は、金融政策に追加的な工夫をしても、副作用を上回るような効果が新たに生まれる余地はあまりない点だ。大量の国債購入を進めた量的・質的緩和政策はそのことを示したし、日銀が今回導入した『マイナス金利付き量的・質的緩和政策』も同様の結果にしかならないだろう。
2%物価目標を2年程度で実現するという量的・質的緩和は短期決戦型の政策だった。その意図が実現しなかった以上、持久戦型の枠組みへの転換を考えるべきだ。そうしないと、経済に対する副作用ばかりが大きくなりかねない。」

失敗したプロジェクトを、悪影響を出さないまま早めに終わらせるのはなかなか難しい。ましてや大胆な金融緩和は現政権の看板になってしまっているので、看板を下ろすのは不可能だろうし方向転換も難しそう。
今回の金融政策決定会合で「できること」のプラス面とマイナス面を金融政策決定会合で真剣に議論した結果採用したのかどうか疑わしいですね。最初から票を固めておいての多数決なので、その結果があるべき政策なのかどうか何とも言えない。
マイナス金利導入を発表したのに、円安になるどころか円高になっているのは、黒田総裁周辺の人にとっては相当な誤算なんじゃないでしょうか。まあ、実際にマイナス金利が始まってからの動きに望みを託しているんでしょうが。


2016年1月16日土曜日

『ガイトナー回顧録 ―金融危機の真相 Stress Test』


図書館で『ガイトナー回顧録 金融危機の真相 Stress Test』を借りてきたので、成人の日の三連休で読んだ。エピソードは豊富だけど考察や記述が浅い気もする。しかし、金融危機や金融規制に興味のある人にはポールソン、バーナンキの回顧録とともに必読だと思う。

前半は、IMFでのアジア危機からNY連銀理事としてのリーマンショックまででなかなか面白い。財務長官になって以降の後半は危機が欧州に移り、米国での議会とのやり取りや細かい規制の話になってやや退屈。

ガイトナーが財務長官になって初めてオバマ大統領に挨拶した時、私たちは今も「金融の爆弾」を5つ抱えていて、爆発しないように処理しないといけないと報告。その5つはファニーメイ、フレディマック、AIG、シティグループ、バンク・オブ・アメリカ。ガイトナーの補佐官はシティグループとバンク・オブ・アメリカの二行を金融界の宇宙要塞”デス・スター”と呼んでいた。

「ルービンはかつてゴールドマン・サックスの共同会長だったが、謙虚でユーモアがあり、ラリーのように棘はないが、要求が厳しかった。優良なプロセスを信奉していた。すべての補佐官の意見を、相手がヒエラルキーのどこにいようが、たとえ反対意見でも求めた-いや、反対意見こそ聞きたがった。
 落ち着いて、感情を出さず、滑稽なくらい細心で、あらゆる角度から問題を分析した。罫線入りの黄色い用箋にリスクや可能性を走り書きし、情報を集め、どうしても決断を下さなければならなくなるまで、”選択の余地を温存した”。成り行きで決断を下してはいけない、そのとき手に入る情報からして合理的なときだけ決断するようにと、口を酸っぱくして私たちを諭した。ルービンの決断は、おおむねそうだった」

ガイトナーは親の仕事がら、子供のころに世界の様々なところで生活している。
「タイにいたことがあるからといって、そこの危機をきちんと洞察できるわけではなかった。感情移入はできるかもしれないが、タイを救うのに役立つような、それ以上の知識はなかった」

「ルービン、サマーズ、グリーンスパンをこよなく尊敬し、彼らが市場と金融イノベーションをおおむね是認しているのに同調した。しかし、三人をゆるぎない自由市場イデオローグだと通俗的に大づかみに戯画化するのは、フェアではない」

「グリーンスパンは、市場は理性的で効率的だというのを神意のごとく信じていた。また、政府の監督と規制が市場を安全にするという考えには心底疑いを抱いていた。それでも、新興市場の危機では私たちの金融救済を力強く支持した」

「三人のうち、市場で暮らしをたてていた唯一の人間だったルービンは、市場が英知と理性をそなえているということを、あまり信じていなかった。過大なレバレッジにたえず懸念を示してはいたが、政府にそれをどうこうする力はないと考えていた」

「ラリー(ポールソン)の世界観はふたりの中間のどこかだったが、当時はグリーンスパンのほうに近かっただろう。私には三人のような力強い確信はなかったが、性格的にルービンの考え方に近かった」

「商業銀行数千行の監督責任が、FRB、連邦預金保険公社(FDIC)、通貨監督庁(OCC)に分割され、州の銀行監督機関が50の異なるルールに基づいて指導していた。貯蓄金融機関監督局(OTS)は、「貯蓄金融機関」と呼ばれる、ローン市場専門の銀行を指導する」

「貯金を集める子会社は、自己資本の条件を満たしていなければならず、FRBの貸出窓口で融資を申し込めるが、もっと大きなリスクを抱えた系列会社や親会社は、通常、公的機関の監督を受けずに業務を行う」

「FRBはシティグループとJPモルガン・チェースの「持ち株会社」を監督する。持ち株会社は数百ある銀行やノンバンクの子会社を傘下に収める母体だが、FRBはそこの商業銀行や投資銀行は担当しない」

「FRBは金融機関全体を監視しなければならないが、法律によって、主要監督機関に従わなければならない。商業銀行の場合はOCC、投資銀行の場合はSECがそれにあたる。FRBは外国銀行のアメリカ系列会社の監督を、州の監督機関や、その銀行の本店がある世界中の監督機関と共同で行う」

シャドーバンキングの勃興。1980年代から07年にかけての金融セクター・クレジットのすさまじい増加は、ほとんど在来型の銀行システムの外で起きていた。銀行よりも制約が少なく、政府のセイフティネットを利用できない金融機関にリスクが移動



「音楽が流れている限り、私たちは立ち上がってダンスするしかない」
シティグループのチャールズ・プリンスCEO

アメリカの家計の負債のGDP比


『ガイトナー回顧録』の139ページ、「一般に金利を下げること(量的緩和政策)」となっているけど、誤訳かなあ。原著はどう書いてあるんだろう。金利を下げることは「量的」緩和政策ではないです。

「ベンは控え目な人物で、病的な興奮や誇張にとらわれることはない-私は「中央銀行界の仏陀」と呼んでいた-だが、1930年代の銀行家の二の舞にはならないと決意していた」

カントリーワイドは回転資金の大半をコマーシャルペーパーの発行でまかなっていた。またトライパーティ・レポという複雑な市場でも資金を調達していた。

「私は自分をタカ派だとかハト派だとかいうように考えたことはない。つねに実利を重んじ、どんな形でもイデオロギーは信じない。それにFRBの責務を二つとも真剣に受け止めている。しかし、クレジット不足のときにモラル・ハザードやインフレを持ち出すタカ派の妄執は、異様すぎるし腹立たしかった」

メリルリンチの損失の大部分はCDOだった。シティもメリルと同じようにCDOのスーパーシニア債を大量に抱えていた。このときシティの取締役にはあのルービンがいた。ルービンには経営責任も権限もなかったらしいが。

『ガイトナー回顧録』の180ページ、「TAFは確信的だったし」、だと意味が分からない。「革新的」の誤植か?

ベアー・スターンズもリーマン・ブラザーズも投資銀行なので直接の監督責任はSECであって、FRBではない。ただ金融システムは絡み合っているので結局金融システム全体への影響は避けられない。

「(ベアーの件を)私はリスク管理に失敗したよくある話だと見ている。ベアー・スターンズは短期の借入を使い過ぎていた」。「ベアーの一件のほんとうの教訓は、極度のレバレッジと短期借入の世界では、信用は一瞬にして消え、それとともに流動性も消えるということだ」

(リーマン破綻について)「私たちは一線を引いたのではなかった。私たちは恐れを知らないのではなく、力がなかったのだ。壊滅的な破綻を防ごうとして失敗したのだ。それがいまだに、あまり理解されていない」

投資銀行のゴールドマン・サックスとモルガン・スタンレーの破綻を回避するためにGSとシティ、MSとJPモルガンを合わせようとするが、それぞれが難色を示したとw。結局、MSは三菱東京UFJから90億ドル、GSはバフェットから50億ドル調達。

「「本当に必要なのは、負債を保証する権限ですよ」私はそう言った。」287p

米財務省に初代財務長官アレグザンダー・ハミルトンの像がある。ハミルトンは、アメリカの初代「ミスター救済」だった。像にはこんな言葉が刻まれている。「ハミルトンが公的信用の死体に触れると、それが蘇った」

「コロンブス記念日は銀行が休みだったので、三菱東京UFJ銀行の幹部は月曜日の朝にみずから90億ドルの小切手をモルガン・スタンレーに持参し、ディールを締結して、リーマン式の崩壊を防いだ」

「私はブッシュ減税、イラク戦争、社会問題についての保守的な見解には賛成できなかったが、危機の最中の行動には尊敬の念を抱いていた。イデオローグ色の強い共和党員としては、なみたいていのことではなかったはずだ」

「ブッシュが揺るがず、沈着冷静で、ハンクや私たちを強く支持したことは、大きな功績として認められるべきだ-マケイン上院議員やその他おおぜいの共和党議員とはまったく違う」

「危機に対するオバマ上院議員の平静で責任感のある取り組み方にも感心した。マケイン上院議員の躍起になって迎合する態度とは、正反対だ。オバマ上院議員はハンクとたえず連絡を保っていた。ハンクはオバマを絶賛していた」

ガイトナーはブッシュ政権下、つまりリーマンショック前後はNY FEDの総裁。オバマ政権で財務長官。

「2008年初頭アメリカの大手金融機関上位25行のうち13行が、破綻するか(リーマン、WaMu)、政府の救済を受けて破綻を避けたか(ファニーメイ、フレディマック、AIG、シティ、バンカメ)、破綻を逃れるために救済合併されたか(カントリーワイド、ベアー、メリルリンチ、ワコビア)、」

「あるいは破綻を逃れるために事業構造を変えた(モルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス)。株式市場は2007年の最高値から40%以上下落した。私たちは前例のない方策を途方もない規模で行い、銀行システムの中核で起きた取り付けを減速させるのに成功した」

ターム物資産担保証券貸出ファシリティ(TALF)が消費者金融市場を復活させた


「ルービンはかつて、《ミート・ザ・プレス》での1分あたり約60分の予備演習をやった」

「ラリーも含めた専門家たちは、(世界最大のヘッジファンド)ブリッジウォーターの《デイリー・オブザベーションズ》をもっとも信用できる民間セクターの経済分析資料とみなしていた-銀行についての手厳しい分析のひとつでもある」


「今後の改革で最優先すべきなのは、金融機関に自己資本をもっと増やし、レバレッジをもっと減らして、もっとしっかりした流動性を維持するように求める、より堅実なルールを定めることだと、私はずっと考えていた」

各国の銀行の資産のGDP比。アメリカは相対的に小さい。


2008年1Qを100としたときの各国GDP


「ラリー・サマーズは、立場が苦しければ苦しいほどスリルをおぼえるという変わった人物で、私たちを可能性のぎりぎり限界まで押しやった。もっともやりづらい状況であっても、私はラリーの助言を高く買い、頼りにしていた」

ガイトナーが『回顧録』を書く際に比較した重要な書物として『ポールソン回顧録』、デービッド・ウェッセルの『バーナンキは正しかったか?』、アンドリュー・ロス・ソーキン『リーマン・ショック・コンフィデンシャル』を挙げている

バーナンキもガイトナーも回顧録はエピソードが豊富なのだが、豊富すぎて、銀行破綻の本質的な部分はむしろダフィーの薄い本の方が分かりやすいかもしれないと思った。

巨大銀行はなぜ破綻したのか ―プロセスとその対策 ダレル・ダフィー

ダフィーの翻訳は薄いわりに定価が高いのが難点。英文はネットで探せば見つかると思う。

"How Big Banks Fail and What to do About It" Darrell Duffie(2010)(pdf)
『巨大銀行はなぜ破綻したのか』の英文ドラフト

「経済学において、銀行の安定性についての標準的な分析」
"Bank Runs, Deposit Insurance, and Liquidity" Diamond and Dybvig(1983)(pdf)

2016年1月4日月曜日

バーナンキの回顧録「危機と決断」(上)

バーナンキの回顧録「危機と決断」は、バーナンキとFRBがどういう経済分析のもとでどのように意思決定をしてきたかが率直かつ明晰に語られていて、金融政策やマクロ経済に興味のある人には是非ともお勧めしたい。この明晰さは彼の経済学者としてのバックグラウンドから来るもので、前任者と対照的。

バーナンキはハーバード大学でデール・ジョンゲルソン教授に計量経済学と統計分析を学んだ。彼のもとで、政府のエネルギー政策が経済全体におよぼす影響についてのリサーチを行い、それは彼の学位論文の基礎になった。最優秀で卒業すると大学院は経済学の博士課程で最高とされていたMITを選んだ。

理数系のMITに世界最高峰の経済学課程が置かれたのは、サミュエルソンがハーバードから移ってきたことがキッカケだった。サミュエルソンの数学的なアプローチは保守的なハーバードでは受け入れられず、一部の根強い反ユダヤ主義もあった。ロバート・ソローも後を追うようにやってきた。

「多くの革新的な方法論が用いられたこともあり、新しい古典派は大きな反響を呼んだ。私(バーナンキ)の大学院時代、最も興味深い研究の多くは新しい古典派の影響を受けていた。しかし、多くの経済学者は、ケインズ理論にも欠点があることを認めつつも、新しい古典派もしっくりこないと感じていた。とくに、金融政策は雇用や生産性に短期間の効果しかもたらさないという点が引っかかるのだ。それは、1980年代はじめにポール・ボルカー議長率いるFRBが、経済を沈静化させインフレ率を下げるため金利を急激に引き上げたことで、いっそう顕著になった。ボルカーの政策はインフレを克服はしたが、深刻で継続的な景気後退をもたらした。これは、そのようなことは起きないと唱えていた新しい古典派の説に反するものだった。新しい古典派の洞察力と技術的進歩を現代的ケインズ主義の中に組み込もうとした学者たちもいた。MITでは、北ローデシア出身のスタンレー・フィッシャーもそのひとりだった。

「新しい古典派とケインズ思想を融合させようとした彼らの仕事は、いわゆるニューケインジアン理論として結実し、今日の主流派経済学者たちの思考のほとんどはこれに基づいている」

「ニューケインジアンは新しいモデルや手法を使い、賃金や物価の硬直性は市場の需給バランスを長期間悪化させるという説を復活させた。それは、景気後退は資源の無駄であり、経済を完全雇用に近い状態で維持するためには財政・金融政策の役割が必要だというケインズ理論の原点に立ち返ったものだった」

バーナンキは「研究を重ねるにつれ、新しい古典派アプローチの要素も含めさまざまな考え方を融合させたニューケインジアン理論が、実際の政策立案にはもっとも適していると確信するようになった」

バーナンキは大学院1年目の終わりにスタン・フィッシャーにマクロ経済学と金融政策を専門に研究したいと相した。スタンが貸してくれた何冊かの本の中にフリードマン=シュウォーツの『米国金融史 1867-1960』があった。バーナンキはそれに強く引き付けられた。

「FRBによる三回にわたるマネーサプライ縮小(1929年の株価暴落の前に一回、大恐慌の初期に二回)が大恐慌をあれほどまでに悪化させたという記述にはとくに引きつけられた。」

「フリードマンとシュウォーツの本を読んで、これこそ自分がやりたいことだと私は悟った。そして自分の全研究生活を通じて私はマクロ経済と経済政策の問題に集中することになった」

「私たち(バーナンキとガートラー、およびギルクリスト)が最も主張したかったのは、経済の安定のためには健全な金融システムの存在が非常に重要ということだった」

フランクリン・ルーズベルトの「大きな功績は、当時の常識を捨てて金本位制を廃止したことだろう。政府が保有する金の量によってマネーサプライが左右されることがなくなると、デフレは即座に終息した」

日銀は行動を起こすことを回避しようとしていると批判してきたバーナンキだが、自分がFRB議長になると今度は自分が政治家やマスコミや経済学者から「辛辣でやる気をそがれるような数々の批判を浴びる経験をして、私は初めて当時の自分の舌鋒鋭い非難の言葉を後悔した」

日本の新聞の特派員からの質問にはこう答えている。「10年前よりは日本のセントラルバンカーに同情的な気持ちだ」

教授たちのような「意思の強い、プライドの高い人たちに対しては、強権発動による問題解決はうまくいかないことがすぐにわかった。それぞれと向き合い、きちんと話を聞き、そしてさらに話を聞くことが大切」

「人は自分の懸念を表明する機会を与えられれば、結果に満足はしなくても納得してくれるということも学んだ」

グリーンスパンはインフレターゲッティングに懐疑的だったとバーナンキ。

「グリーンスパンの予測はコンピュータによるモデルや分析には重きを置かず、独特なボトムアップ方式によるものだった。彼はつねに、何百という小さな情報ひとつひとつに目を通していた。」

「FRBの経済モデルは、そして一般的に経済予測モデルはそうなのだが、金融不安への経済的な影響について織り込むことが下手である。それは、(幸いなことに)金融危機はまれにしか起きないので、関連データが少ないことにもよる」

1920年代のFRBの事実上のリーダー格だったNY連銀総裁ベンジャミン・ストロングは、株価高騰を抑える目的で金利を上げることに反対し、その理由をたとえ話になぞらえている。「金利を上げるのは、一人の子ども(株価)が悪さをしたからといって子ども全員に罰を与えるようなものだ」

1928年にストロングが亡くなると、後継者は彼のアプローチを無視して金利を上げた。「その結果は、1929年の株価暴落だけでなく、金融政策の過剰引締めによる大恐慌をも引き起こした。株式市場だけを対象として政策を実施したために、悲劇が起きてしまったのだ」

バーナンキ「私たちは、株式市場を一定の幅で動かしたいというのではなく、私たちの政策メッセージが理解されたかどうかを測る良い物差しとみていた」

FRBの理髪店でバーンズ、ボルカー、グリーンスパン、バーナンキと歴代の議長の髪を切り、「FRBヘアマン」の名刺を持つレニー・ギレオの店の壁には「私の通貨供給量は、あなたの髪の成長率に依存している」という言葉が掲げてある。

2014年9月1日月曜日

『アベノミクスの終焉』 服部茂幸

データを丁寧に分析しながら、いわゆるアベノミクスと呼ばれる経済政策の効果を検証した良書です。その結果、第一章において以下のように異次元緩和が成功したという証拠はないと結論づけています。

(1)異次元緩和が始まると、経済成長率は低迷した。しかも、低い成長率を支えるのは、政府支出と消費増税による駆け込み需要である。異次元緩和が日本経済を復活させているという証拠はない。

(2)消費者物価の上昇も、輸入インフレによるところが大きい。円安の停止により輸入インフレが止まれば、消費者物価の上昇も止まる可能性が高い。実際、2013年末より消費者物価は上昇していない(14年4月の消費増税による物価上昇は除く)

(3)そもそも、アベノミクスの前の日本経済は全体的に世界同時不況から回復してきていた。

(4)アメリカやヨーロッパとの比較においても、日本のほうが経済回復のペースは速い。就業率についても、日本は危機前のピークをすでに越えているのに対して、アメリカでは08年の危機で急低下したまま、ほとんど回復していない。アメリカで成功しているとはいえない政策を日本で行って、日本経済が復活する保障はない。

アベノミクスの黒田=岩田日銀に対しても厳しい評価ですが、ミンスキーの流れをくむ著者らしく、不動産バブルを発生させて破裂させて世界的な金融不況を引き起こしたとして米国の中央銀行総裁のグリーンスパン、バーナンキに対しても厳しく批判しています。

2014年8月16日土曜日

『日銀、「出口」なし!』 加藤出

加藤出さん、さすがの面白さです。
日本や欧米の金融政策を概観できて、お盆休みの暇つぶしに最適ですね。

2章によると、バーナンキ、コーン、イエレン、FRBスタッフの間では、マネタリーベースを拡大する日銀の量的緩和は効果がないと既に結論づけていたそうだ。
FRBの政策はマネタリーベースを増加させることを目的としていないので、量的緩和策と区別するため大規模資産購入策LSAPと呼ばれた。
FRBがこの信用緩和策を大規模に実施すると、結果的に銀行システムに準備預金が大量に供給される。しかしFRBは、準備預金の増加はあくまで政策の副産物であって、それ自体は経済を刺激しないと明確に述べている。

バーナンキ「量的緩和は貨幣流通量に影響しない。銀行がFRBに預けた電子的金額が大きく増えただけで、それはそこに居続けている。それがインフレを引き起こす兆候は見えない」
"Q&A testimony to House"


3章で元IMFエコノミストのピーター・ステラ氏のコラムが紹介されている。今日、信用創造は準備預金残高に結び付けられていない。現代における準備預金の唯一の真の役割は、銀行間の資金決済にある。

「準備預金とマネーサプライの関係は、あなたが学校でおそらく学んだものとは異なっている」
"Exit-path implications for collateral chains" | vox

ステラ氏は、2013年5月のコラム「日本銀行劇場:これは能の後の歌舞伎か?」で日銀のマネタリーベース・ターゲットに懐疑的な見方を示した。

「日本銀行劇場:これは能の後の歌舞伎か?」ピーター・ステラ
http://stellarconsultllc.com/blog/?p=133

また、植田和男氏の講演も紹介してある。
『非伝統的金融政策、1998年―2014年:重要な金融的摩擦と「期待」の役割』 植田和男
2014年5月24日金融学会講演(PDF)

そのなかでクルーグマンとウッドフォードの意見が紹介してある。

クルーグマン「私の理解では、日本が以前(2000年代前半に)、大規模な量的緩和を行った際は準備預金の増額にすぎず、効果をもたらさなかった。一方、米国型とは、非伝統的な資産の大量購入を指す。特に日本の場合は、国債金利があまりに低く、これを買っても効果は小さい。ほかの資産の購入がどの程度の効果を生むのかは誰にも分からず、議論も分かれるが、やっても失うものはないのだから、試すべきだ」

個人的には、安倍政権も、実質賃金低下が政権に与える負の影響を気にし始めている気はしますね。

物価目標と並ぶ異次元緩和のもう一つの柱となった「マネタリーベースを2年で倍増させる」との目標。こちらの評価はどうか。ウッドフォード教授に問うと「それも、私だったらやらない」との答えだった。
「(物価上昇率とマネタリーベースの)2つの目標の存在は混乱を招く。それに大きな効果を生まなかった過去の量的緩和の手段と極めて似ている。量的緩和が目標にしたのは当座預金の残高でマネタリーベースとは違うが、両者の動きは密接に関係している。有効でなかった目標をなぜ再び持ち出したのか」

加藤氏はJohn H. Rogersも紹介しています。
"Evaluating Asset-Market Effects of Unconventional Monetary Policy: A Cross-Country Comparison" Rogers et al,(2014)
「FRB、BOE、ECB、日銀の異例の金融政策が債券利回り、株価、為替に与えた影響を分析。日中や一日の短い変化では効果が認められたが、株価、為替への効果は利回り低下を通じてというよりアナウンスメント効果の方が大きい。さらに持続的効果を検証したらそれはゆっくりと消えてしまっていた」
ちなみに、John H. RogersはFRBの中の人。

3章、日銀の01年のようにBSを大きくしてマネタリーベースの供給を増やすことを意図した政策をQE0、08~09年に多くの先進国の中銀が行った、金融市場のパニックを鎮めるための資産購入策をQE1、その後のポートフォリオリバランスを狙った政策をQE2と呼んでみる。

「米国では、金融危機時に行われたQE1は資産価格によく効いた。しかしQE2の効果は不明瞭である。表面的には株価の上昇が見られたが、それは経済情勢の好転によるもので、それを除くとQE2の効果は限られる。
しかし、QE1があまりに効いたため、ヘッジファンドなど海外投資家の間で、「QEは効果がある」という誤解が続いた。彼らは、実はQE0、QE1、QE2の区別がついていないのである。
日銀の今回の量的質的緩和策は、QE1ではなく、QE2。だが、このような海外投資家の誤解が存在するため、同政策の導入で株価は一時上昇した。ヘッジファンドにしてみれば、自分たちの理解が理論的に正しいかどうかは実は重要ではなく、周りの投資家がどう動くかが大事。皆が誤解して動けばOK。

海外の投資家に接することの多いであろう加藤さんの話なので、まあそうなんだろうなあと思います。黒田さんもその辺を分かっていてあえて「マネタリー・シャーマン」的な演技をしてるんでしょう。


(おまけ)
Guest Contribution: Myron Scholes on Whether QE2 Will Work

2014年7月12日土曜日

須田美矢子氏の『リスクとの闘いー日銀政策委員会の10年を振り返る』は必読

日銀の政策委員会の審議委員を10年間務めた経済学者の須田美矢子氏の『リスクとの闘いー日銀政策委員会の10年を振り返る』は、著者の意見が驚くほど率直に散りばめられた第一級の資料に仕上がっている。

どれほど率直かは、たとえば「はじめに」のなかの以下の文章を読むだけでも感じられるだろう。

「このように金融・経済情勢がめまぐるしく変化する中で、計量的に算出した過去の平均的な姿を単純に先行きに当てはめて予測をしても、それが実際に役立つとは限らない。また、理論でしばしば仮定するように、人々の先行き予想は定常均衡に向かって収束していくという単純化は現実的ではなかった。人によって予想は異なるし、様々なニュースに反応して大きく振れることもあって、それを簡単にコントロールできるものではなかった。さらに、政策を行う上で非常に大事な信認の維持は、既存の理論で簡単に取り扱える問題ではなかった。市場動向、日々出てくる指数や先行きを示すサーベイデータや内外の政策変更をチェックし、金融市場や経済・物価情勢に関する足許の変化から、先行きに対するインプリケーションを的確に読み取り、リアルタイムでそれらを金融政策運営で活かしていく―こうした実務は、言葉でいうほど簡単ではなかった。それにもかかわらず、内外を問わず著名な学者が望ましい政策論を断定的に展開しているのを見聞きすると、なぜそのようなことが簡単にいえるのかというのが率直な感想であった。それに加えて、その取り上げられ方に、もっと大きな問題を感じていた。」

この本がカバーしている範囲も著者が関わった日銀法改正から政策委員会、量的緩和、質的緩和、インフレーション・ターゲティング、コミュニケーション・ポリシー、マクロ・プルーデンスの視点など多岐にわたっており、しかもそれぞれのテーマについて著者の忌憚のない意見が述べられている。

日銀の金融政策に興味のある人は必読だろう。

2014年6月1日日曜日

『超金融緩和のジレンマ』梅田雅信


基本的な考えは、「日本のデフレの正体は賃金水準の低下と交易条件の悪化である。その背景には、製造業の産業競争力の低下がある。デフレ脱却には、金融政策だけでなく、産業のダイナミズムを取り戻すための取り組みも重要である。」

日米英欧4中銀の総資産対GDP比率の推移

日米英欧4中銀の保有長期国債対GDP
2013年3月発行の本なので、データは2012年9月までですかね。

マネタリーベース対GDP比率。日銀を嫌いな人達がリーマンショック前を100にそろえて意図的にいかにも日銀の金融緩和が中途半端という印象を与えようとしていたものですが、あれは悪質でしたね。

マネーストック対GDP比率

ソロスチャートが依拠しているマネタリーアプローチは理論の前提が崩れているうえ実証的な説明力も失っている。為替ディーラーが使うツールの一つにも位置付けられないし、金融政策と為替の長期的な関係を論ずるツールとして使うのには慎重であるべき。

              













リーマンショック後の日米中銀の金融政策動向


〈参照されている主な論文〉
"Ultra Easy Monetary Policy and the Law of Unintended Consequences" White(2012)

September 15, 2012
Richmond Fed President Lacker Comments on FOMC Dissent

Speeches by Richard W. Fisher
Remarks before the Harvard Club of New York City
September 19, 2012

"Economic Outlook and Monetary Policy"
Charles I. Plosser, President and CEO, FRB of Philadelphia
September 25, 2012

Evans "Perspectives on Current Economic Issues" - Federal Reserve Bank of Chicago

"What Does the Change in the FOMC’s Statement of Objectives Mean?"
Thornton (2011) (PDF)

白川総裁記者会見要旨 2008年10月31日 (PDF)

「流動性の罠と金融政策」  植田(2001.9.29)

「日本の消費者物価指数の諸特性と金融政策運営」  梅田雅信(2009)(PDF)


"Fairness as a Constraint on Profit Seeking: Entitlements in the Market" Kahneman, Knetsch, Thaler(1986)(PDF)

"Why Has Wage Growth Stayed Strong?" Mary Daly, Bart Hobijn, and Brian Lucking(2012)

「米国は日本のようなデフレにはならない」  根津利三郎(2010)

"Japan as “Role Model” Krugman(2012.5.30)

"Sticky Wages and the Macro Story" Krugman(2013.7.22)

"Japan as a Role Model?" Richard G. Anderson(2013)

平成24年度版「通商白書」第1章第2節「債務危機により混迷を深めた欧州経済」(PDF)

"The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy"
Eggertsson and Woodford (2003)これはよく引用されるね。

"Conventional and Unconventional Monetary Policy" Curdia and Woodford (2010)(PDF)

Curdia and Woodford(2010)は、
1)リザーブの増加が中銀の国債保有増によって賄われる、2)将来の金利政策に関する人々の期待が不変である、といった2つの制約下で、量的緩和政策は総需要を刺激することができないという「量的緩和の無効性命題」を主張している。

"Monetary Transmission at Low Inflatiion: Some Clues from Japan in the 1990s" Meltzer(2001)(PDF)

"The effect of the increase in the monetary base on Japan’s economy at zero interest rates:
an empirical analysis"

"Evaluating Monetary Policy When Nominal Interest Rates are Almost Zero" Fujiwara(2004)(PDF)

"Monetary Policy, Money, and Inflation"
John C. Williams(2012)

「量的緩和政策」 本多、黒木、立花(2010)(PDF)

"The Estimated Macroeconomic Effects of the Fed's Large-Scale Treasury Purchase Program"
Fuhrer, Olivei(2011)(PDF)

"Methods of Policy Accommodation at the Interest-Rate Lower Bound"
Michael Woodford(2012)(PDF)

2014年5月3日土曜日

『非伝統的金融政策の経済分析 資産価格からみた効果の検証』 竹田陽介 矢嶋康次

四連休だし、この本を少しずつ読み始めている。

「代表的なニュー・ケインジアンのフィリップス曲線ではCalvo(1983)型の企業の価格設定モデルを前提とするため、価格水準自体の硬直性は生まれるが、インフレ率の硬直性は説明できない」

「現実に観察されるインフレ率の硬直性を説明するため、Calvo(1983)に代わる様々な理論モデルが提案されてきた。そのひとつに、合理的無反応(Rational inattention)の議論がある」

「Sims(2003)や Reis(2006)は、シャノンらの情報理論に基づき、情報の集積によって生じるエントロピーが閾値を超える場合に初めて、経済主体が情報獲得に動くという仮説に基づき、Mankiw and Reis(2002)の硬直的情報モデルを正当化した。」

「合理的無反応」のモデルだと「今期のインフレ率が依存するのが、今期のインフレ率に対する過去の時点における予測であり、Calvo(1983)型の硬直価格モデルにおいては、将来のインフレ率に対する今期の予測であるのとは対照的である」

"「予測市場」に向けて" 竹田陽介(2007)ニッセイ基礎研所報 vol47 
E-stability の下では、PLMから ALMへの写像が、最小二乗学習の下での合理的期待均衡(REE)の漸近的安定性を保証する。

"Staggered Prices in a Utility-Maximizing Framework"  Calvo(1983) (PDF)

「日本の90 年代におけるフィリップス曲線」 竹田、小巻、矢嶋(2001)ニッセイ基礎研所報vol17

「日本におけるニュー・ケインジアン・フィリップス曲線の推定」 竹田、小巻、矢嶋 (PDF)
(個人的には、潜在成長率をHPフィルタで推定してGDPギャップを求めるやり方は好きではない)

"Communication and Monetary Policy" Amato, Morris, and Shin (2003) BIS Working Paper No.123 (PDF)

Amato他(2003)によると、「中央銀行が金融資産均衡価格から情報を抽出し、金融政策に活かすようにすると、市場参加者は自前で獲得した情報に依存せず、金融政策において中央銀行が発する情報に依存して、金融資産価格形成を行うようになる。」

「そのため、金融市場には、情報集約機能が働かなくなり、均衡価格の持つ情報量がノイズを持つようになる。ノイズを持つ均衡価格から得られる情報では、中央銀行が適切な金融政策運営を行うことが困難になり、中央銀行は自前の獲得情報に基づき金融政策を行うようになる。」

「したがって、中央銀行による市場との対話では、Grossman and Stiglitz(1980)と同様、一方向的な情報発信は均衡とならない。」
今のJGBと日銀なんて(ry

"Information and Competitive Price Systems" Grossman and Stiglitz (1976) (PDF)

"On the Impossibility of Informationally Efficient Markets"  Grossman and Stiglitz (1980) (PDF)

『ゼロ金利政策下における時間軸効果:1999-2000年の短期金融市場データによる検証』 白塚 重典・藤木 裕(2001)

『国債流通市場における情報に基づく物価連動債の評価』 北村行伸(2006) (PDF)

ちなみに竹田・小巻・矢嶋(2005)によると、英国の中銀および民間予測機関とも、物価連動債価格の持つ情報を抽出しているのに対して、FRBは物価連動債を利用していないそうだ。米国では英国に比べてノイズが相対的に大きいことに起因すると考えられると。

「わが国のデフレーションに際しても、デフレーションを克服するための政策の処方箋として、期待に働きかける政策が盛んに主張されてきた(Eggertsson and Woodford[2003]:Svensson[2003]:Auerbach and Obstfeld[2005])」
「しかし、デフレ期待そのものがどのようなメカニズムに基づき推移してきたかについて分析された例は見当たらない。Fisher1933はデフレの負債を通じたマクロ経済的影響を分析。債権者と債務者の間に消費性向の差を仮定、マクロ経済全体の消費が予期せぬデフレによって変動する可能性を指摘」

"The Debt-Deflation Theory of Great Depressions" Fisher(1933) (PDF)

1933年のEconometricaの論文がすぐに読めるなんて、いい時代になったものです。

"The Zero Bound on Interest Rates and Optimal Monetary Policy" Eggertsson and Woodford (2003)

"Escaping from a Liquidity Trap and Deflation: The Foolproof Way and Others" Svensson(2003)

"The Case for Open-Market Purchases in a Liquidity Trap" Auerbach and Obstfeld(2005)

"The Proof and Measurement of Association between Two Things" C. Spearman(1904) (PDF)

スピアマンの順位相関の1904年の論文が読めるなんていい時代になったものです。

竹田・矢嶋(2013)では、Carlson and Parkin(1975)を可変パラメータモデルに一般化してカルマンフィルタで推定するNardo(2003)の手法を用いて日本の期待インフレ率を推定しています。

2012年7月1日日曜日

「経済停滞の原因と制度」、「『失われた20年』と日本経済」


最近になって日本の長期経済停滞を計量的に実証分析した本が出版されるようになってきた。深尾さんの本を買うついでに2007年の林さん編集の本も購入。

『経済停滞の原因と制度』は冒頭から挑発的。

「 われわれは、(日本経済の)長期停滞の主因は第一に生産性の成長率の低下、第二に金融仲介機能の低下による投資の不振、第三に公共投資の非効率性にあると考える。
われわれは、長期停滞はGDPの成長率の低下というきわめてマクロ的現象であり、経済の個々の側面だけに焦点をあてる分析には限界があると考える。なすべきことは、GDPが内生的に決まるマクロ一般均衡モデルを構築し、モデルのどの与件が変化したからGDPが低迷したかを特定することである。
IS-LMモデルの有効性については深刻な疑問が少なくとも学会では投げかけられてきた。資産価格のみならず消費・投資、そしてGDPは、家計・企業といった経済主体が経済変数の将来の経路について持つ期待に依存する。期待の役割をモデルに取り入れるためにはモデルは動学的でなくてはならない。
アリゾナ大学のプレスコット教授と私(林)は、2002年の共同論文で、実物的景気循環モデルと呼ばれる、最も基本的な動学的一般均衡モデルで、90年代の日本のGDPの低迷が説明できることを示した。GDPを内生変数とするこのモデルの与件は、政府支出の経路と経済全体の生産性の尺度である。
失われた10年についての文献は、需要側の要因に注目する研究と供給側に注目する研究に大別されるが、需要側を重視する研究は、次の6つの要因を指摘している。

1)1980年後半のバブル経済の崩壊が資産価格(株価、地価)の暴落を招き、それがさらに金融危機と不良債権の増加をもたらし、それがさらに貸し渋り(クレジット・クランチ)とシステミック・リスクの増加をもたらしたこと、
2)1993年にBIS規制が導入されたことによるさらなる貸し渋り、
3)金融危機および不良債権問題への政府の対応が不十分だったこと、
4)バブル期においては、過度に拡張的な金融政策の影響もあり、設備に対する大規模な過剰投資がなされ、バブル崩壊期においては、企業は超過設備をなくすため、投資を大幅に削減したこと、
5)バブル崩壊期においては、財政政策・金融政策による刺激が不十分だったため、有効需要が不十分だったこと、6)日本経済の将来展望の悪化、

 供給側の要因を重視する研究では『全要素生産性(TFP)』がキーワードである。生産を労働投入で割った比が通常の生産性と呼ばれるが、この労働生産性は資本の貢献を無視しており、経済学的に意味のある生産性の尺度は、労働生産性ではなくTFPである。
需要を重視する議論には、論理に問題がある例が多い。問題の一つは、因果関係と相関の混同である。もう一つの問題は、モデルが明確に提示されていないことである。
 投資の低迷が長期停滞の主因であるという需要派の主張が科学的根拠を持つためには、少なくとも投資の低迷の大半がTFPの低下によるものではないことを実証的に示す必要があるし、供給派と同じ知的レベルの議論をするためには、投資の自立的変動を含むDGEモデルを構築し、そのモデルがGDPばかりでなく消費・投資・雇用・資本産出比率などの重要なマクロ変数全体について、一定の説明力を持つことを示さなくてはならない。」

参照されている論文
"The 1990s in Japan: A Lost Decade" Hayashi and Prescott (2002) (PDF) 

第6章「失われた10年における日本の金融政策」は以下の論文が元
"Monetary Policy during Japan's Lost Decade" Braun and Waki(2005) (PDF)