どんな細胞にもなれるという性質を生物学では「全能性 totipotent」という。ヒトの幹細胞は全能ではない。皮膚の幹細胞は皮膚の細胞にはなれるが、筋肉や神経の細胞にはなれない。
胚(Embryo)から取り出した幹細胞(Stem cell)、ES細胞(Embryonic sStem cell)は全能性を持つヒトの幹細胞。ES細胞は、適切な条件を与えれば無限に増え続けることができる。そしてどの細胞にも分化できるが、胎盤にだけはなれない。
胚とは、胎児とよばれるようになる前の、細胞のかたまり。初期の胚のうち、受精卵が6~7回分裂し、100個ほどの細胞のかたまりになったものを胚盤胞という。この内側にある内部細胞塊から作るのがES細胞。
1981年、マーティン・エバンス博士らはマウスの初期胚からES細胞を作り出すことに成功。1998年にジェームズ・トムソン教授がヒトのES細胞を作り出すことに成功。
適切な培養条件を保てば、ES細胞はおよそ二日に1回というペースで無限に増殖させ続けることができる。ES細胞はあらゆる細胞になることができるが、胎盤になることができない。ES細胞を子宮に戻しても個体は生まれない。
ヒトES細胞を使った再生医療は実用化されていないらしい。理由として、試験管の中で望みの細胞や臓器を作り出す技術がまだ完成していない、倫理上の問題、免疫による拒絶の問題など。
「なんといっても、クローン羊ドリーがすべてのはじまりですね。哺乳類の大人の細胞が、完全に初期化するということが証明されたわけです」と山中伸弥教授。
ジョン・ガードンは、カエルの細胞の核をあらかじめ核を取り除いた卵に移植すれば、卵の中で核が初期化されることを1962年に示した。しかし当時、カエルではうまくいっても哺乳類ではうまく初期化できないというのが生物学の常識だった。
イアン・ウィルマット博士は1997年世界初のクローン羊ドリーを誕生させた。大人の羊の体から細胞を取り出し、その核を、あらかじめ核を取り除いておいた卵子に移植した。こうして作った卵から、もとの羊とまったく同じ遺伝情報を持つ別の羊ドリーを誕生させた。
クローンES細胞に成功すれば拒絶反応のない再生医療の道が開ける。世界で初めてのクローンES細胞は2001年に理研の若山照彦博士がマウスで作り出した。今回、話題になったあの人てすね。
ES細胞の中で活発に働く物質を山中教授は「初期化因子」と呼んだ。実体は特定の種類のタンパク質だろうと考えられた。このタンパク質を細胞の中に送り込めば初期化が起きES細胞にかわるはず。しかし望みのタンパク質を細胞の中に効率よく送り込む技術は開発されていなかった。
山中教授はタンパク質を送り込むかわりに、その因子の設計図である遺伝子をレトロウイルスベクターを使って送り込むことにした。
山中教授が作ったiPS細胞は、胚をこわす必要がない点と、拒絶反応の心配がない点が、ES細胞との決定的な違い。
山中教授は理研のデータベースに着目し25000種の遺伝子からES細胞でとくに活発にはたらく100種程度の遺伝子リストをつくりあげた。
さらに、特に大事な24種の遺伝子へと4年ほどかけて絞り込んでいった。そしてこの24種の遺伝子全てをいっぺんに大人のマウスの皮膚細胞の中へと強引に送り込んでみた。すると皮膚の細胞は初期化され、ES細胞とそっくりな細胞になった。
次に、24個のうちどれか1つだけを差し引いた23個を与えていった。すると初期化が起きる場合とおきない場合があった。そうして初期化になくてはならない遺伝子4種類を割り出した
山中教授が突き止めた4個の初期化因子はOct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc。
4個の初期化因子はヤマナカファクターと呼ばれる。c-Mycを除く3個の遺伝子だけを使って作り出した改良型のiPS細胞は「がん」を引き起こす危険を減らすことに成功した。ただし、レトロウイルスベクターを使う限り、がん化を引き起こす危険性がある。これは今後の課題。
日本で研究していた山中教授と米国で研究していたトムソン教授は、2007年11月20日、ヒトの皮膚細胞からiPS細胞を作成した、とまったく同じ日に発表した。「同着でよかったんだと思いますよ。このような研究に、勝ったも負けたもありません。研究が進むことが大切ですから良かった」と山中氏
トムソン教授らが使った遺伝子のうちOct3/4とSox2は山中教授と共通だが、残りの2個、NsnogとLin28は異なる。