2014年4月6日日曜日

『それでも金融はすばらしい』 ロバート・J・シラー

私は、原書のハードカバーを買ってから積読中なのですが、近所の図書館に翻訳が置いてあったので借りてきました。翻訳にはペーパーバック版への「はしがき」も追加されていました。その中にシラーが行った「ファイナンス卒業生に向けての演説」も含まれています。原文はこちらから読めます。

「金融ファイナンスは、最高の場合には、単にリスクを管理するだけでなく、社会の資産の管理保全者として機能し、社会の最も深い目標を支援する存在となる。

次世代の金融ファイナンス専門家たちは、金銭報酬だけでなく、金融の民主化の進展に伴う満足感という形で最も真なる報酬を受け取ることだろう―金融の便益を、最も必要とされる社会の隅々にまで広げるのだ。

これは新世代にとっての課題だ。そしてこれには君たちが動員できる想像力と技能のすべてが必要となるはずだ。金融再発明に幸運を祈る。世界は、君たちに成功してもらわねばならないのだから。」

序章で金融資本主義を定義している。

「最も大きなレベルでとらえると、金融とは目標構造の科学だ ― ある一群の目標実現に向けた経済的取り決めの構築と、その目標実現に必要な資産の管理を行う活動となる。

何をめざすかが明確になれば、関係者たちには目標設定のため、適切な金融のツールと、専門家の助言がしばしば必要になる。この点では、金融はエンジニアリングに似ている。

financeという言葉自体が「目標」を意味するラテン語に由来するという事実は、興味深いのに、ほとんど見過ごされている。辞書によると、financeのもとになったのは古典ラテン語のfinisで、これは一般に「終わり」「完結」と訳される。

またある辞書によるとfinisがfinanceに発展したのは、負債の終了(返済)が金融に不可欠な要素だからであるという。だが、ここではfinisが古代においても現代英語のendと同じく「目標」を意味していたことも思い起こしておきたい。」

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