最近になって日本の長期経済停滞を計量的に実証分析した本が出版されるようになってきた。深尾さんの本を買うついでに2007年の林さん編集の本も購入。
『経済停滞の原因と制度』は冒頭から挑発的。
「 われわれは、(日本経済の)長期停滞の主因は第一に生産性の成長率の低下、第二に金融仲介機能の低下による投資の不振、第三に公共投資の非効率性にあると考える。
われわれは、長期停滞はGDPの成長率の低下というきわめてマクロ的現象であり、経済の個々の側面だけに焦点をあてる分析には限界があると考える。なすべきことは、GDPが内生的に決まるマクロ一般均衡モデルを構築し、モデルのどの与件が変化したからGDPが低迷したかを特定することである。
IS-LMモデルの有効性については深刻な疑問が少なくとも学会では投げかけられてきた。資産価格のみならず消費・投資、そしてGDPは、家計・企業といった経済主体が経済変数の将来の経路について持つ期待に依存する。期待の役割をモデルに取り入れるためにはモデルは動学的でなくてはならない。
アリゾナ大学のプレスコット教授と私(林)は、2002年の共同論文で、実物的景気循環モデルと呼ばれる、最も基本的な動学的一般均衡モデルで、90年代の日本のGDPの低迷が説明できることを示した。GDPを内生変数とするこのモデルの与件は、政府支出の経路と経済全体の生産性の尺度である。
失われた10年についての文献は、需要側の要因に注目する研究と供給側に注目する研究に大別されるが、需要側を重視する研究は、次の6つの要因を指摘している。
1)1980年後半のバブル経済の崩壊が資産価格(株価、地価)の暴落を招き、それがさらに金融危機と不良債権の増加をもたらし、それがさらに貸し渋り(クレジット・クランチ)とシステミック・リスクの増加をもたらしたこと、
2)1993年にBIS規制が導入されたことによるさらなる貸し渋り、
3)金融危機および不良債権問題への政府の対応が不十分だったこと、
4)バブル期においては、過度に拡張的な金融政策の影響もあり、設備に対する大規模な過剰投資がなされ、バブル崩壊期においては、企業は超過設備をなくすため、投資を大幅に削減したこと、
5)バブル崩壊期においては、財政政策・金融政策による刺激が不十分だったため、有効需要が不十分だったこと、6)日本経済の将来展望の悪化、
供給側の要因を重視する研究では『全要素生産性(TFP)』がキーワードである。生産を労働投入で割った比が通常の生産性と呼ばれるが、この労働生産性は資本の貢献を無視しており、経済学的に意味のある生産性の尺度は、労働生産性ではなくTFPである。
需要を重視する議論には、論理に問題がある例が多い。問題の一つは、因果関係と相関の混同である。もう一つの問題は、モデルが明確に提示されていないことである。
投資の低迷が長期停滞の主因であるという需要派の主張が科学的根拠を持つためには、少なくとも投資の低迷の大半がTFPの低下によるものではないことを実証的に示す必要があるし、供給派と同じ知的レベルの議論をするためには、投資の自立的変動を含むDGEモデルを構築し、そのモデルがGDPばかりでなく消費・投資・雇用・資本産出比率などの重要なマクロ変数全体について、一定の説明力を持つことを示さなくてはならない。」
参照されている論文
"The 1990s in Japan: A Lost Decade" Hayashi and Prescott (2002) (PDF)
第6章「失われた10年における日本の金融政策」は以下の論文が元
"Monetary Policy during Japan's Lost Decade" Braun and Waki(2005) (PDF)
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