2016年2月27日土曜日

『デフレ最終戦争 黒田日銀 異次元緩和の光と影』

黒田日銀の誕生以降を取材してまとめたもの。やや黒田日銀に対する評価が甘い気がする。日頃から日銀をウォッチしている人にとっては内容がやや表面的で新しい発見はあまり無いかもしれない。日銀や金融政策に興味のなかった人にはいい入門書になるかもしれない。
個人的には第9章「OBたちの批判と不安」、第10章「「出口」という難作業」が面白かった。

この本が出た直後に黒田日銀が追加の金融緩和策として突然マイナス金利導入をしたが、それにも関わらず円高・株安が進んだ。インフレ率も2年で2%どころか、3年で0%に落ち込んでいるうえ、「出口」もまったく見えない黒田日銀についての本を出すタイミングとしてはやや中途半端になってしまったかもしれない。

ちなみに、日銀の金融政策決定会合の議事要旨で「多くの委員」というのは9人のメンバーのうち5~6人程度、「何人かの委員」というのは3~4人程度を意味するのだそうだ。

「一般的に、日銀総裁の講演は本人自ら執筆することはない。例えばテーマが金融政策であれば、総裁が示した大きな方向性を踏まえて、企画局制作企画課長が下書きをする。最終的に本人がチェックして、必要なら修正を加えるというプロセスを経る」

「黒田総裁の講演の大半は、正木企画局制作企画課長が草稿を書く。内田企画局長、雨宮企画局担当理事両氏の順でチェック。最終的に黒田総裁が目を通したうえで、講演に臨む」

自分で書かないのね。

木内氏は元々緩和策の導入自体には賛成したが、「2年で2%」のコミットメントには反対票を投じた。異次元緩和の継続期間は2年程度に限定し、その時点で柔軟に見直すという主旨の議案を提出した(反対多数で否決)。

第9章「OBたちの批判と不安」で、多くの日銀OBが黒田日銀を批判しているところが面白いです。
『真説 経済・金融の仕組み 最近の政策論議、ここがオカシイ』 横山 昭雄 
著者は、考査局長、監事などを歴任した日銀OBの横山昭雄氏。私はこの本はまだ読んでいない。
「”ガンガン金融を緩め、ドンドン財政支出を増やしさえすれば、デフレも直り、経済もよくなるはず”などと喚き散らす、能天気の政治家・エコノミスト輩に、これ以上世間騒ゆうの勝手を許してはならないし、かなりの程度それに乗っかったように窺われもする現政策当局の危うさにも厳しい目を向けざるを得ない」
日銀関係者の間で関心を集めたのは、福井氏が同書に「推薦の言葉」を書いている点だ。
武藤敏郎元副総裁「自ら期限を区切って物価目標を達成しようとしている中央銀行は他にはない。実現できなければ2度と使えない政策だ。他の中銀が期間を特定しないのは自信がないからではない。クレディビリティ(信認)を大事にするからだ」
今の日銀はクレディビリティを軽視した、世界でも稀な中央銀行ということです。
翁邦雄 「デフレという表層的な現象を日本経済の低成長の元凶に位置づけてしまい、インフレが潜在成長率を高めることを待つことは、人口減少や超高齢化という根源的かつ喫緊の課題から目をそらす方向に作用する」
稲葉延雄元日銀理事 「(労働市場の改善や株価上昇により)経済は良好な状態になったのに、デフレ脱却が遅れており、順序が逆転している。明らかにデフレは景気後退の原因ではなかったし、デフレ脱却は経済の好転の条件ではなかった」
山口泰元副総裁 「今、完全雇用に近い状況の下、物価の下落は止まり、低インフレ状態を展望できそうである。それでも2%目標には遠く届かない。(異次元緩和の)政策目標も方法も柔軟な方向に修正すべきなのは明らかだとも思う。デフレは経済成長力の低下の反映であることも多く、金融緩和だけでは効果に限界がある」
白川前総裁 「『期待に働きかける』という言葉が、『中央銀行が言葉によって、市場を思い通りに動かす』という意味であるとすれば、そうした市場観、政策観には、私は危うさを感じる」
「仮に、この命題を、『中央銀行の供給する通貨、いわゆるマネタリーベースを増加させれば物価が上がる』という意味に解釈すると、過去の日本の数字、あるいは近年の欧米の数字が示すように、マネタリーベースと物価との関係、リンクというものは断ち切れている」
「金融政策は強力な手段だが、その効果の本質は、非常に低い金利水準を実現する、あるいは流動性を潤沢に供給することによって、家計や企業が、明日ではなく今日支出するように動機付けていくことだ。しかし、明日が今日になり、明後日が明日になり、さらに今日になってくるので、いわば将来から現在に需要を前倒しすることになる。その前倒しにする原資というか需要自体は、日本経済の潜在的な成長力に規定される」
白川氏、さすがだ。

経済学の歴史 (講談社学術文庫) 第三章 デイヴィッド・リカード

齊藤誠氏の『経済学私小説<定常>の中の豊かさ』でJ.S.ミルに興味を持ったので、この本の第四章のJ.S.ミルを読もうと手に取ったら、第三章のリカードも面白そうだったので先にリカードから読んだ。リカードは「比較生産費説(比較優位の原理)」でも有名ですね。
デイヴィッド・リカード(David Ricardo)は、一言でいえば、古典派経済学の完成者である。
彼の明晰な頭脳は、先行者であるアダム・スミスの著作に含まれた曖昧さや欠陥を決して許さず、同時代の人々の考え方を巧みに取り入れながら一つの体系的な理論を築き上げた。リカード体系があまりにも完璧に出来ていたために、後世の近代経済学の創設者たちのなかにも、例えば、アルフレッド・マーシャルのように、つねにリカードを仰ぎ見てきたものが少なくなかった。
このことは、リカード経済学に全く問題がなかったことを決して意味しないが、それでも、リカード以降の近代経済学者たちがリカード体系に匹敵するほどの完成度を自らの目標に掲げた事実には変わりがない。
リカードは14歳のときにロンドンで父親と一緒に証券取引の仕事を始めている。彼のストック・ブローカーとしての腕は、わずか数年で一財産を築き上げるほど優れていた。とくにナポレオン戦争の期間中には膨大な利潤を稼いだ。
実業家として見事に成功したリカードは余暇を使って学問に勤しむようになった。彼は数学・化学・鉱物学・地質学の研究に打ち込むようになった。1799年、夫人の療養のために滞在していたバースで偶然アダム・スミスの『国富論』を読む機会があり、それ以降、経済学という新興の学問への関心を深めた。
地金論争への参加は、リカードを、J.S.ミルの父であるジェームズ・ミルやマルサスという当時の優れた論客たちとの生涯の交遊のきっかけを作ることにもなった。
1817年に『経済学および課税の原理』と題されたリカード畢生の名著が刊行された。リカードは投下労働価値説、差額地代論、賃金の生存費説、収穫逓減の法則を総合して、一つの理論体系を創り上げた。
1823年、リカードは耳の病がもとで51歳の生涯を閉じた。死の直前まで彼を悩まし続けた理論的な問題は、「不変の価値尺度」をいかに発見するかという問題であったが、彼はそれを結局は発見することができなかった。



2016年2月20日土曜日

2/19 日経 大機小機 「マイナス金利政策の効果」

 「マイナス金利政策の効果」についての2/19の日経、大機小機は、大機小機にしては珍しくよくまとまっていた。マイナス金利政策が銀行や政府、家計、企業に与える影響を整理している。

  • 銀行にとっては、リスクが皆無の日銀預金を持つだけで0.1%の利回りが稼げる収益機会が減少した。昨年1年間でこの利益は約2100億円に達し、しかも年間80兆円の量的緩和で、利益が800億円ずつ増えるはずだった。今後は利益の増加は見込めず、むしろ日銀預金の一部がマイナス金利になり、収益を吸い取られるようになる。当面は銀行が国債を高値で日銀に売れば利益を出せるが、これは1回限りだ。貸出金利や債券運用利回りの低下で銀行収益は悪化する。
  • 政府にとっては国債流通利回りが残存期間8年前後までマイナスとなり、多くの国債がマイナス金利で発行できるようになった。これは政府金利負担を押し下げていく。
  • 企業や家計にとっては設備投資や住宅などの借入金利が小幅低下し、投資には若干プラスに働くだろう。しかし従来から借入金利は非常に低かったため、その効果に多くは望めまい。
  • 海外の投資家にとって円での資金運用は不利になっていない。従来通り、ほぼゼロ金利の銀行預金での運用が可能だからだ。今のマイナス金利政策には円安誘導効果はほとんどない。
  • 日銀にとっては日銀預金の利払いが頭打ちになり、一部がマイナス金利になって収益が好転する。他方でマイナス金利の国債の買いオペは今後、収益を圧迫する。満期償還時に赤字が発生するからだ。マイナス金利を解除してプラス金利にするときには、国債価格の下落と日銀預金への利払い増加で巨額の損失を計上することになる。

そのマイナス金利を解除してプラス金利にするときに計上される「巨額の損失」を誰が負担するかというと...最終的にはみなさんの税金ですよ。
ちなみにマイナス金利は、英語ではnegative interest ratesです。



「ハードボイルド」の本質はそのパースペクティブにある

筒井康隆の「わが最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」という『モナドの領域』。面白かった。さすがだなあ。
ところで、『筒井康隆の文藝時評』に「ハードボイルド」についての解説があったのでメモ。
「言うまでもなく「ハードボイルド」は、ただ私立探偵が出てくるというだけの小説のことではない。主人公がタフであるとか、非常であるとか、やさしさを持っているとかいったことも本質的には関係がない。「ハードボイルド」の本質はそのパースペクティブにある。
第一に、語り手が物語の外にいて、主観的に物語るという小説がある。この語り手は全知全能であり、すべての登場人物の心理がわかり、その行為を批判したりもする。古いタイプの物語小説がこれである。
第二は語り手が主人公または登場人物のひとりで、主観的に物語る小説。昔からある形式だが、私小説や海外体験おニャン子感想文学などに示されるように、現代の日本文学にもこれが多い。
一、二はともに作中人物の内面を描写するので、内的焦点化と言われる。
三は物語世界外にいる語り手が客観的に語るという、多くの海外小説の手法で、読者の読みに介入しない客観性ということが言われはじめて特に増えた。現在、文学的とされているのは主に前記の二と三の手法で書かれた小説だが、もうひとつ、第四に物語世界の中にいる語り手が客観的に物語る小説がある。
三と四は焦点を登場人物の外面にのみ向けているため外的焦点化と言われる。これがハードボイルド本来のパースペクティブである。
最初はヘミングウェイが三の形で「殺し屋」を書いて成功し、語り口の抑制によって緊張感のある文体を創造した。
こうした語り手の非情さを示すパースペクティブによって、死、殺人、事件などを効果的に描写しはじめたのが、ハメットに代表される、主に「ブラック・マスク」誌を舞台に書いていた犯罪小説の作家たちだったのである。」



2016年2月11日木曜日

日経2/9、経済教室「マイナス金利の功罪 下」 翁邦雄

「人口減少のように反転の兆しがみられない要因で極めて長期的な自然利子率の低下トレンドが生じているとすると、逆風がやんだ時のインフレを先取りする、という(クルーグマンの)論理は破綻する。
クルーグマン氏も昨年10月に『日本再考』と題する論文で、日本の労働力人口減少トレンドに照らすと中央銀行の期待への働きかけだけでは、インフレ率を高められないだろうと主張を変えた。
量的・質的緩和は金融機関の当座預金保有残高を増やす政策であり、これに課金するマイナス金利政策とは相性が悪い。マクロ加算などの工夫がされているが、それでも長期戦に耐える枠組みとは考えにくい。
整合的な枠組み構築より、自国通貨預金のコストを高めることによる円安誘導、それを通じた株価安定に期待したいのが本音だろう。」
2/8〜2/10の日経、経済教室「マイナス金利政策の功罪」上中下は、マイナス金利について大変よくまとまっているので一読をお勧めです。

日経2/9、経済教室「マイナス金利の功罪 中」 櫻川昌哉


「マイナス金利は金融仲介機能を劣化させ銀行の信用創造を縮小させるのでマネーサプライは減少する。資金は金融市場を循環しなくなり、人々は実物資産より貨幣の保蔵を選択し、物価は下落してデフレ不況は深刻化する。」

フィッシャー方程式を使って「名目利子率ゼロの世界では、物価上昇率はマイナス、つまりデフレが生じる」と説明しているところは違和感がある。

日経2/8、経済教室「マイナス金利の功罪 上」 植田和男


日経、経済教室、植田和男さんの「マイナス金利の功罪:『現金の金利ゼロ』、効果制約」。植田さんの言う通りです。

「08年のリーマン・ショック以降の非伝統的金融緩和政策の一つの限界は、金融資産価格が金融政策に強く反応してきたにもかかわらず、実体経済の資産価格に対する反応が鈍いことである。

日本だけでなく、ベースマネーが大幅に拡大した欧米でも賃金や物価上昇率の動きは停滞している。マネーの伸びが高まれば、2~3年程度の期間でそれにほぼ見合ってインフレ率が高まるという貨幣数量説は、ここ数年の経験の説明には無力だ。

欧米で非伝統的金融政策に対する実体経済の反応を限定的にしてきた一つの要因は、世界的金融危機の後遺症だろう。金融危機後のリスク回避的な動きは、金融政策の効果が期待できる金融資産投資では和らいだが、実物資産投資ではまだ続いていると考えられる。

深刻な金融危機をはるか前に経験した日本では、むしろ長引いたデフレによるインフレ期待の低迷や人口減少に伴う成長期待の喪失が足を引っ張っているといえよう。

もう一つ、市場が感じた金融緩和策の限界は、緩和手段が底をつきつつあるのではないかとの懸念だ。そもそも最近の量的緩和策などは、政策金利がゼロに接近し、それ以上は下げにくいという制約の中で採用されてきた工夫だ。

欧州に続き日銀が採用したマイナス金利政策にはどの程度の可能性があるのか。大きな問題は、現金の金利がゼロである以上、その他の金利をあまり大きなマイナスにはできないという点だ。人々がマイナス金利の資産から現金にシフトしてしまい、マイナス金利の波及効果を弱めてしまうからだ。

マイナス金利の経済への影響については不透明な面が多い。国債買いオペと相まって、国債金利、さらには高格付け社債金利などには強い押し下げ圧力が働くだろう。しかし貸出金利、実物資産投資などへの波及効果は欧州の経験をみても不確かだ。」

2016年2月7日日曜日

日経、日曜日に考える 『マイナス金利、経済への影響は』

日経、日曜日に考える。マイナス金利の経済への影響について、従来この政策を提唱してきた賛成派の岩田一政氏と、反対派の池尾和人氏の意見を併記している。
岩田氏によるとマイナス金利が景気を刺激するメカニズムとして2つ。1つは金利低下で企業投資や個人の住宅購入など経済活動が刺激される。もう一つはリスク性の資産の購入が増えて、市場環境を好転させるルート。
岩田一政氏がマイナス金利を推す理由も、今の量的・質的緩和だと2017年6月に長期国債の購入が限界に達するからでしかないようですね。岩田氏のいう効果って、もうすでにほとんど出尽くしている気がする。
個人的には、池尾和人氏とまったく同意見ですね。
池尾 「黒田総裁が言うように、金融政策に『できること』はまだあるだろう。ただそれは『有効な手段』がまだあるということを意味しない。『有効な手段』とは、効果が副作用をそれなりに上回り、経済を好転させるような政策措置だ。マイナス金利政策がそれに該当するのかには疑問がある。
今回の決定は、緩和策をさらに進めても有効性はあまりないという金融政策の限界を示したというのが実態だろう。量的・質的緩和をさらに『進化』させるのではなく、『退却』のシナリオを考えた方がいい
過度の円高防止はともかく、さらなる円安促進が今の日本経済にとってどの程度プラスなのかには議論の余地がある。原油価格などの下落のメリットを素直に享受した方がよいのではないか。
日銀当座預金の金利がマイナスになれば銀行の収益に何らかの悪影響が及ぶはずだ。それによって個人や企業に円滑にお金を供給するという銀行の金融仲介機能が損なわれてしまう懸念がある。」
私もそこを強く懸念してます。
「貸し出しが伸びない本当の理由は、日本経済に成長期待が持てず、信用度が高い企業や個人から十分な資金需要が生まれない点だ。当座預金の金利がプラス0.1%からマイナス0.1%に低下したからといって、銀行融資が大きく増えるとは考えにくい。
一部の信用力の高い企業の資金調達は確かに楽になるかもしれない。しかし、資本市場での調達が難しい中小企業に対しては、銀行の金融仲介機能低下がジワジワと負の影響を及ぼす懸念がある。総じてみれば、こちらの方が重みを持つのではないかと危惧している。その点は看過できない。
問題は、金融政策に追加的な工夫をしても、副作用を上回るような効果が新たに生まれる余地はあまりない点だ。大量の国債購入を進めた量的・質的緩和政策はそのことを示したし、日銀が今回導入した『マイナス金利付き量的・質的緩和政策』も同様の結果にしかならないだろう。
2%物価目標を2年程度で実現するという量的・質的緩和は短期決戦型の政策だった。その意図が実現しなかった以上、持久戦型の枠組みへの転換を考えるべきだ。そうしないと、経済に対する副作用ばかりが大きくなりかねない。」

失敗したプロジェクトを、悪影響を出さないまま早めに終わらせるのはなかなか難しい。ましてや大胆な金融緩和は現政権の看板になってしまっているので、看板を下ろすのは不可能だろうし方向転換も難しそう。
今回の金融政策決定会合で「できること」のプラス面とマイナス面を金融政策決定会合で真剣に議論した結果採用したのかどうか疑わしいですね。最初から票を固めておいての多数決なので、その結果があるべき政策なのかどうか何とも言えない。
マイナス金利導入を発表したのに、円安になるどころか円高になっているのは、黒田総裁周辺の人にとっては相当な誤算なんじゃないでしょうか。まあ、実際にマイナス金利が始まってからの動きに望みを託しているんでしょうが。