2011年7月9日土曜日

資本主義では利潤は正当化される。損失を出すことが罪悪。

かねがね尊敬しているツイッター友達のトレーダーが、「お金を儲けることに罪悪感を覚える」とつぶやいていたので、驚いてしまった。彼は基本的にいい人なのだ。
我々が生きている資本主義の世界では、お金を儲けることに罪悪感を覚える必要はまったくない。むしろ損失を出すことが罪悪である。
安く売りたい人から買ってあげて、高く買いたい人に売ってあげているわけだから、トレーダーも社会に貢献している。儲かったお金で消費すればもっと貢献できる。罪悪感を持つことはない。資本主義では利潤は正当化される。損失を出すことが罪悪。
このあたりは「小室直樹の資本主義原論」に分かりやすくまとめてあるので引用してみる。小室はいろいろ評価が分かれるところだが、マックス・ウェーバーを使って日本経済を語るときの切れ味は鋭い。

「資本主義になってはじめて「利潤」が正統化された。資本主義においては、利潤追求それ自身が無条件に正当化される。その追求を制約する上位規範が存在するわけではない。
それゆえ、資本主義においては、利潤原理(企業が利潤を最大化する行動)が根本規範となる。利潤原理に反する行動は、モラル・ハザードのあらわれであるとされる。
利潤マイナスの状態が長期間続けば、企業は破産する(こともある)。『破産』こそ、市場原理の決め手である。
破産によって、『資本主義にふさわしくない』企業は、市場から退出する。『資本主義にふさわしい』かどうかを市場原理によって判定する者こそ利潤原則である。
利潤原理に基づく破産によって企業を淘汰する。この自浄作用こそ資本主義の生命である。
日本では、官僚による経済支配(40年体制のスタート)以来、利潤原理は否定されっぱなしで今日にいたる。そして『今日においてさえも、株主に高額の利潤を還元することが企業の使命である、と公言する日本企業のトップは非常に少ない』。日本において利潤原理が正統性を得ることは、ついになかった。」

利潤を生み出せないので、そのかわりに自社株売却代金を利潤に見せかけようとした企業の元社長が収監されるのは、あたりまえだと思っている。

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