年金の基本ポートフォリオは、平均分散モデルをベースとして策定され、モンテカルロ・シミュレーションにより、その妥当性が検証されることが一般的だが、サブプライム危機以降、十分に機能しなくなっているのではないか。
シンクタンクやコンサルの美しいプレゼン資料では、オルタナティブ資産をユニバースに追加すると効率的フロンティアの上方シフトが起こることが示されるが、それは「本当か?」。「リスク=標準偏差」とは限らないのではないか。市場が低迷した今こそ、私達は「リスクとは何か?」について再考すべきではないか。
「何のための資産運用なのか」、「何に使うのか」が明らかとなって、相対的に決まるのが、本当のリスク尺度であって、リスク尺度は人によって違う。
例えば、プットを使ってダウンサイドリスクをヘッジしたポートフォリオのリターンは正規分布と異なるため、それを平均分散モデルにより評価することはできない。対数型、ベキ型を含むHARA族の効用関数を非線形計画問題に帰着させ、最大化させる。
数理計画法の研究者の視点からすると、対数型、ベキ型効用関数におけるリスク認識が数理計画における内点罰金関数に対応するのに対して、LPMというリスク尺度は外点罰金関数に対応する。例えば、年金における積み立て不足を絶対に許さないのが、対数型、ベキ型効用関数で、積み立て不足を極度に好ましくないと思うのがLPM。
リスク尺度とは「投資家の持っている制約条件と相対的なもの」。
1994年ごろ、日本株の暴落で積立金不足に陥った年金基金が、一斉に年金債務を考慮した資産運用を訴え始め、信託銀行の企業年金部署が年金ALMモデルの開発を急いだが、当時の主流は「成熟度分析」と呼ばれる効率的フロンティア上での3~5種類のモデルポートフォリオの提示にすぎなかった。これは平均分散モデルをベースとした「付け焼刃」にすぎない。
現在のオルタナティブ投資の検討は、再び同じことが繰り返されているのではないかと危惧している。それは抜本的な議論の先送りになりかねないし、それを提案する運用機関やコンサルのすべてが、リスクの本質を正しく理解しているかも疑問。
代表的ダウンサイドリスク尺度としてのLPMの理論面に関してはBawa(1975)、Bawa and Lindenberg(1977)を、アセットアロケーションへの応用についてはHarlow(1991)を参照。
次数k=1の場合、LPMとCVaRは似ているが、筆者はLPMとVaR、CVaRとは明確に区別すべきだと主張。VaRは5%、1%といった有意水準を設定して計算されるのに対して、LPMは最小許容収益率τ(タウ)を設定しなければならない。τは基金の制度内容、年金債務現在価値、マクロ経済予測を考慮して決定されなければならない。
LPMはポートフォリオ収益率の正規性を前提としないという点で標準偏差より理論的に優れたリスク尺度であり、τを決めるために問題を先送りさせないという点で、基金のガバナンス向上を促す。
実際にLPMを測定し、LPM最小化ポートフォリオを構築する場合にはヒストリカル法、あるいはシミュレーション法によることがほとんど。目標収益率τは定数である必要はなく、インフレ率、ベンチマークリターン、積立比率等を反映して時間変化するものとすることができる。
ショートフォールに対するペナルティ次数kについては、分散との類似性、オプティマイザが2次計画問題に対するソルバーで実現可能という実装上の要請から多くの場合k=2とされる。したがってこのリスク尺度に魂を込めるのは、時間変化を許容したτの設定方法。
目標収益率τを設定できることが、受託者としての資質の1つ。コンサルにおいても、クライアント基金の状況を分析して、τの提示がなされるべき。
フィーを取って年金ALMというサービスを提供するのであれば、基金の現状分析、τの設定、ダウンサイドリスク分析レポートまでは、プロとしてなすべき仕事の範疇ではないか。
τとしてどのホライズンでのリターンを考えるか、ヒストリカルデータの利用可能性、シミュレーション方法など解決すべき技術的問題は多い。
オプティマイザの目的関数は、単純にダウンサイドリスクの最小化のみでよい。どこまでリスクを許容できるか、どの程度のリターンが必要かは、すべてリスク尺度に内包されている。効率的フロンティアを描いて、フロンティア上の1点を選択する必要はない。最小ダウンサイドリスク・ポートフォリオが最適ポートフォリオなのである。
実際のところダウンサイドリスクをLDIなどの実務に応用するのは容易ではない。ヒストリカルデータは将来のリスクを十分に反映するものとは言えず、オルタナティブ資産はデータの蓄積さえ不十分。既存の平均分散モデルをベースとした方法論にも、時間と費用を抑えるというメリットはあるが、それは変化を放棄することにほかならない。
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